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【コラム】海外通信員

弱者から強者のフットボールへ 変わるアトレティコ・マドリード

[ 2019年12月13日 14:00 ]

今夏、ベンフィカ(ポルトガル)からアトレティコ・マドリードに加入し、活躍する20歳のポルトガル代表FWジョアン・フェリックス
Photo By AP

 ここはアトレティコ・マドリードの本拠地ワンダ・メトロポリターノ。スタジアム内では「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ!」と、我がチームの監督を支持するチャントが響き渡る。

 元選手だった彼が監督として戻ってきたのは約8年前だが、まだ相変わらずそのチャントは歌われている。ただ、そのチャントに込められる意味はこれまでと少し違い、称揚ではなく支持の意味合いが強くなっているのかもしれない。逆風に晒され始めたシメオネ・アトレティコを支えるために。

 シメオネの到着後、スペインのビッグクラブから欧州のビッグクラブへの階段をのぼり始めたアトレティコは、今季に大きな変化を迎えることになった。アントワーヌ・グリーズマンをはじめ、ルーカス・エルナンデス、ロドリゴと主力選手の移籍、そしてゴディン 、フアンフラン、フィリペとこれまでチームの最終ラインを支えてきたベテランたちの退団……。

 チームが改革に乗り出すことは免れず、フットボール史上歴代4位の額となる移籍金1億2700万ユーロでジョアン・フェリックスを獲得したことをはじめとして陣容を大きく変化させた。そしてその変化は、プレースタイルにも及んでいる。

 「パルティード・ア・パルティード(1試合1試合、試合から試合へなどの意)」という一戦必勝のフィロソフィーでもって進んできたシメオネ・アトレティコは、これまでは勝利への最適解を堅守速攻に求めてきたが、今季はポゼッションから相手を崩すことにこだわりを見せる。昨季までもそうした試みは行われ、結果が出なければ堅守速攻に戻るということを繰り返してきたものの、今季はこれまで以上の執着ぶりだ。

 それは世界中から強豪と認められ始めたアトレティコが、弱者のフットボールから、強者のフットボールに切り替えを行なっているようでもある。

 もちろん強者と捉えられるならば、相手は警戒して後方に引くことになるため、ゴールを奪うためにはポゼッションから相手を崩せることが必要となる。しかしながら現状、アトレティコは言葉通りに行き詰まっている。相手をゴール前まで押し込めばスペースがなくなり、その中でゴールを奪う術を見つけられていない。シュートチャンスは確度が高いものではなく、ミドルレンジからボールを叩くことが多く、そしてたとえ確度の高い決定機を迎えたとしても決め切れないでいるのだ。

 アトレティコが今季リーガ第16節までに記録した得点数は16と、得点力不足は深刻なものになりつつあり、それが仇となって勝ち切れない試合が続く。第16節時点で手にした勝ち点26は、シメオネ政権下においては最低の成績であり、現在リーガでは7位という順位に沈む。チャンピオンズリーグ含めれば8試合でわずか1勝しか挙げられていなかった時期もあり、シメオネ・アトレティコはこれまでにはあり得ない姿を見せている。シメオネはこうした状況について、次のように語っている。

 「私たちはポジショナルな攻撃、一度止まってボールを足元に置いてから仕掛ける攻撃を改善している。ただゴール前最後の数メートルでの輝き、創造性、明確性を少し欠いているね。MFのスルーパス、SBのクロスの精度、FWが取る深みや……何よりゴール前での激情や苛立ちが足りていない」

 「現チームが大きな変化を迎えていることは理解しなければならない。やはり、進歩を果たすための時間は必要となる。誰よりも落ち着きのない人間は私だが、その私が今は移行期と考えているんだ」

 変化の時期を迎えるシメオネ・アトレティコは、ここからさらにプレーを改善し、欠けているゴールを手にして(冬の移籍市場でストライカー獲得という報道もある)、再び上昇気流に乗ることができるのだろうか。

 一つ言えるのは、シメオネを現人神のように扱うアトレティコ・サポーターが、そう簡単に彼と彼が率いるチームを見捨てないということだろう。彼らは結果が出なければ、すぐに「○○出て行け」と監督を追い出してきたが、「オレ! オレ! オレ! チョロ・シメオネ!」は、今なおスタンド全体で叫ばれている。それは現代フットボールにおいては奇跡のようでもあり、シメオネ・アトレティコのここまでの軌跡がいかに凄まじかったのかも物語っている。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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