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【コラム】海外通信員

人種差別に抗議し全員連帯で試合ストップ フットボール史に残る歴史的な日

[ 2020年12月9日 23:40 ]

人種差別的発言をしたとされるセバスティアン・コルテスク第4審判(中央)
Photo By AP

 おぞましくも美しい歴史的な日がついにやってきた。選手たちが人種差別に抗議して敵も味方もなく全員が結束、初めて試合をストップしたのだ。しかもチャンピオンズリーグ(CL)の檜舞台である。この2020年12月8日は、フットボール史に残る日付となるだろう。

 「そこのネグロ、出て行け!」

 パリのパルク・デ・プランスにそんな声が響いたのは、21時13分16秒だった。「レキップ」紙のユーゴ・ドゥロム記者によれば、無観客だったためその声は記者席まで聞こえてきたという。中継テレビ局のマイクもそれを拾い、すでに世界中に流れていた。言うまでもなく「ネグロ」(黒んぼ)は、黒人を蔑む奴隷制時代からの差別用語だ。

 しかも声の主は、観客でもなければ選手でもなく、何とUEFA審判団の一人から発せられた。ルーマニア人のセバスティアン・コルテスク第4審判だった。

 不当な表現を受けたのは、バシャクシェヒルのアシスタントコーチでカメルーン人のアシル・ウェボ氏。パリSGのプレスネル・キンペンベのタックルに審判が警告を出さなかったため、興奮してかなり抗議していたウェボ氏に対し、退場を命じたのだった。

 ウェボ氏はこれを受けて仕方なく退場する。だが聞き逃さなかった男がいた。パリ郊外のセーヴルに生まれ、フランスで育成されたフランス人で、代表はセネガルを選んだアタッカー、デンバ・バだった。デンバ・バは直ちにベンチから飛び出すと、断固抗議し始めた。

 「WHY YOU SAID NEGRO?! WHY YOU SAID NEGRO??!」

 その声ははっきりと響き渡る。デンバ・バは主審と対峙するが、主審は何度も「出て行け」のサインを突きつけ、とりあわなかった。デンバ・バの怒りはおさまらず、スタジアムには異様な電撃ショックが流れ続ける。

 そのときネイマールがベンチに近づき、情報をとり始める。次いでキリアン・エムバペも合流し、状況を把握。「レキップ」紙によれば、エムバペはやがてこう呼びかけたという。

 「こんなヤツと一緒に試合をプレーすることはできない!」

 エムバペが試合ストップを主張した瞬間だった。エムバペは先日も、パリ市内で警官たちが黒人男性を袋叩きにした事件で、「受け入れがたい!」と直ちに抗議したことで知られている。

 一方コルテスク第4審判は、「ルーマニア語では黒人のことをこう発音するだけなんだ」と、差別用語ではない旨を弁明。だがデンバ・バはきっぱりこう切り返した。

 「白人男性に声をかけるときは『そこの白いの』とは呼ばないはずだ。それなのにどうして黒人に対しては(そこの黒いのと)言うんだ?」

 第4審判は黙るしかなかった。

 やがて「みんな来い、出るぞ。みんな来い、出るぞ」の声が上がった。キンペンベの掛け声だった。バシャクシェヒルの選手たちとともに、パリのエムバペもネイマールも、全員が揃ってピッチを去った。

 世界中で最も早くソーシャルネットにこう打ったのは、キンペンベだった。

 「NO TO RACISM」

 次いでこれがあっという間に世界に広がっていった。UEFAのロゴとともに――。

 ビッグプレーヤーたちを大量起用して「NO TO RACISM」という人種差別反対キャンペーンを展開し、にもかかわらずこれまで、モンキーチャントが溢れようが、人種差別用語が飛び出そうが、断固とした措置をとってこなかったUEFA。それを痛烈に皮肉った格好だった。

 一方のエムバペは、ウェボ氏が一人で苦しまないよう、連帯と激励のメッセージを発した。これまでは、被害を受けた選手が差別に抗議しても、審判から無視され、恐ろしいことに自分のチームメイトからまで「抗議するな」と批判されて、孤独に泣き寝入りするしかなかったのである。「モンキーチャントや差別用語が確認されたら審判は試合をストップすべき」という声が大きくなっていても、実行されたことはなかった。

 それが8日、ついに変わった。選手全員が一致団結して試合をストップしたばかりか、お茶を濁すような試合再開にも応じなかったのだ。UEFAは試合延期を決定せざるを得なくなり、9日午後1時時点では、9日18時55分に、試合開始13分から再開する予定になっている。

 今後フットボールから人種差別が消えていくか、それとも人種差別が続くかは、根が深いだけにまだ不明だ。また政治利用されることにも警戒が必要である。UEFAの調査が最終的にどうなるかもこれからの注目点だ。

 だが少なくとも事件が起きた現地フランスでは、差別への憤激とともに、「歴史的な日」への喝采が相次いでいる。

 元フランス代表のオリヴィエ・ダクールは、選手たちの行動を「非常に勇敢」「強烈な行動」「ばかでかく美しい」「ものすごく強烈なシンボルになった」と称え、「この試合はフットボールに刻まれる日付になるだろう」と強調した。

 考えてみれば、「そこの黄色いの」と言われたら、私など意味がわからず、黄色い物体を探してしまいそうだ。そして後から侮蔑されたと納得し、やり場のない怒りと悲しみに襲われることだろう。白人でも同じだ。「そこの人」「そこのあなた」が普通なのである。

 「肌の色で人を呼ぶこと自体がおかしいのだ。『左から○番目のあなた』と言えば済むはず。まして黒人たちは長い間差別されてきた歴史を背負っているのだから。選手全員が連帯した今夜は歴史的だと思う」

 「レキップ」紙でアフリカを担当してきたエルヴェ・プノ記者もこう断言した。

 議論は続くかもしれないが、私も同感である。フットボールが人種差別根絶の先頭に立ってくれることを強く応援したい。そしてフランス人のデンバ・バやエムバペやキンペンベが、堂々と立ち上がって世界にその意志を示してくれたことを、ちょっぴり誇りに思う私である。(結城麻里=パリ通信員)

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