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【コラム】海外通信員

熱狂に包まれたアルゼンチン “王様”メッシ代表継続で更なる熱が

[ 2023年1月2日 08:00 ]

熱狂した大勢のファンに囲まれて凱旋パレードを行うアルゼンチン代表
Photo By AP

 アルゼンチン代表の優勝で幕を閉じたFIFA W杯カタール大会。バルセロナでのデビュー以来、18年間も我々サッカーファンを楽しませてくれたリオネル・メッシがついに報われ、輝かしいキャリアの中で唯一足りなかったW杯のトロフィーを勝ち取った瞬間、世界中の多くの人が感動したことだろう。

 既にメディアやSNSで伝えられた映像をご覧になられた方も多いと思うが、ここアルゼンチンでは86年大会以来となるW杯制覇で大いに湧き上がり、その祝福の様は想像を絶するほどの熱狂に包まれていた。

 筆者がアルゼンチンに住み始めてから33年、サポーターが街中に繰り出してタイトルを祝う光景は何度も見てきたが、今回ほど大規模な歓喜の渦を目の当たりにしたのは初めてのことだった。

 選手たちの凱旋パレードを見ようとアルゼンチン全土から500万もの人が首都ブエノスアイレスに集結し、通過する予定だったルートが群衆で埋め尽くされてしまったために途中で選手たちがヘリコプターに乗り換えて空から挨拶する形でパレードが中断となった結末には、アルゼンチン人の情熱がいかに狂おしいレベルにあるかを再確認させられた次第だ。

 あの狂気的とも呼べる祝福から約10日間が過ぎたアルゼンチンで、今度は代表チームの新ユニフォームをめぐって信じられないことが起きている。

 ご存知の通り、アルゼンチン代表のユニフォームには今回のW杯優勝でエンブレムの上に星が3つ付けられることとなったが、12月26日に発売となった新ユニフォームは、先行販売開始からわずか2時間の間に完売してしまったのだ。さらにメーカーのフラッグシップストアでは、再入荷を期待する人たちが長蛇の列を作って待機するという現象も起きている。

 年々貧困層が増加し、記録的な物価上昇の影響から中流階級の人々も切り詰めた生活を強いられるアルゼンチンにおいて、ユニフォームは大変高価な品だ。しかも発売が開始したのは、どの家庭にとってもクリスマスのプレゼント購入による大きな出費があった直後というタイミング。

 それにも関わらず、多くの人が星3つのユニフォームを手に入れようと躍起になっている現状は、ハイパーインフレによって消費が低迷する中、サッカーだけが成し遂げられた奇跡と言っても過言ではない。ついでに補足しておくと、W杯で使用されたユニフォームは大会開幕前から完売の状態だ。

 熱烈過ぎるほどの祝福の光景と、深刻な不況の中で飛ぶように売れるユニフォームから明らかなのは、アルゼンチンの人々にとって、今回の優勝が「単なるサッカーでの出来事」に留まらないということである。

 決勝進出が決まった後、アルゼンチン人の女性レポーターがミックスゾーンでメッシに伝えた「あなたはアルゼンチン国民一人一人の人生に影響を与えた」との感謝の言葉が話題になったが、カタールでの戦いを経て、リオネル・エスカローニ監督以下、チーム全体が、人々の心の中に深く浸透していった。

 初戦でサウジアラビアにまさかの敗北を喫し、負けたらあとがない状況で苦戦しながらメキシコに勝ち、オランダ戦での挑発的な態度が世界中から批判されても(国内でも賛否両論あったが)堂々と自尊心を見せつけ、難敵クロアチア相手に完勝してファイナリストとなり、決戦で勝利への貪欲さと強靭なメンタルを剥き出しにしたチームの戦いぶりは、生活難に苦しみながらも強く生きるアルゼンチンの人々の暮らしそのものを反映していた。36年ぶりに手にした世界一のタイトルは、国民全体に与えられた報奨だったのだ。

 そして、文字通りチームを引っ張ってその栄冠をもたらしたメッシは、今や母国で「Rey」(王様)と呼ばれる存在となった。その王様は「もう少し代表チームでプレーしたい」と話している。星が3つ付いたユニフォームを着てプレーする王様とその仲間たちが、更なる熱狂を巻き起こすに違いない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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