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【コラム】海外通信員

ドラマティックリーグアン フランス史上初の3冠(4冠)なるか

[ 2015年5月29日 05:30 ]

 フランスのリーグアンが5月23日、数々のドラマを残して閉幕した。

 最後までサスペンスが続くことで有名なフランスリーグだが、今シーズンも例に漏れず、激闘は最終節にもつれ込んだ。今回最大のサスペンスは、チャンピオンズリーグ(CL)プレーオフ出場がかかった3位争い。最終節前3位のモナコ、4位のマルセイユ(OM)、5位のサンテティエンヌが僅差で並び、3位の座をめぐって三つ巴の死闘を繰り広げた。

 とくにモナコとOMは緊迫した。仮にモナコがロリアン相手に引き分けか敗北に終わり(舞台はロリアン)、OMがバスティアに順当に勝った(舞台はマルセイユ)場合は、OMが逆転で3位に浮上する構図だったからだ。しかもロリアン会長はマルセイユ会長と親しく、「OMのために奮闘すると公言。マルセイユで育成されたロリアンのFWジョルダン・アイユー(アイユー兄弟の弟)も、ハートのクラブOMのために尋常ならぬ覚悟でピッチに立った。

 “遠隔戦争”の火ぶたが切って落とされた。先に砲火を炸裂させたのはOM。前半14分にMFディミトリー・パイエットが見事なフェイントから素早くシュートに持ち込み、スコアオープン(1-0)。この時点でモナコは0-0だったため、OMが3位に浮上した!ところが6分後の20分、モナコのMFヤニック・フェレイラ・カラスコが巧みに鋭角シュートを突き刺し(0-1)、モナコが3位に再浮上。どっちみち勝つしかないOMは、迷彩服ユニで乗り込んできたバスティアを攻め続け、前半39分、後半44分にもゴールを決めて最後まで死力を尽くす(3-0)。

 一方カギを握るロリアンも激闘を続け、モナコに追加点を許さない。しかもモナコのFWアントニー・マルシアルがPKをしくじり、「もしやの雰囲気が・・・。ロリアンは「1ゴールさえこじ開ければ」の意志を露わに果敢に攻め、モナコを最後まで苦しめる。
だが、とうとうモナコは0-1で逃げ切り、3位を死守。OMの夢は、最終的には6分間しか続かなかった。

 全てが終わったとき、スタッド・ヴェロドローム(マルセイユ)では、MFアンドレ・アイユー(アイユー兄弟の兄)がそっと泣いていた。OMの英雄アベディ・プレの長男で、ここで育成され、オファーがあってもOMに全てを捧げ続けてきた彼は、ついにこの試合を最後にマルセイユに別れを告げるからである(在籍10年)。観客席には「アイユー・フォーエバー」の横断幕が揺れていた。ピッチに茫然と座ったアイユーの周りでは、小さな娘と息子がじゃれていた。アイユーの行先は不明(フリー)。だが来シーズンはきっと、それなりに名の知れたクラブに姿を現すだろう。

 近くではFWアンドレ=ピエール・ジニャックも、放心したように佇んでいた。彼もこの試合を最後に、マルセイユを去るからだ(在籍5年)。すぐ近くに生まれ、ハートのクラブはいつもOMだったが、一時はやや太ってゴールからも遠ざかり、「ジニャックにビッグマックをひとつ」という意地悪チャントが流行したほどだった。だが今シーズンの彼は、見違えるように21ゴールを叩き込んで、リーグアン得点王ランキング2位。やくざ風だが根がシンプルなジニャックは、マルセロ・ビエルサ監督の苦境時にゴールを決めると、監督がたじろぐような仕草で監督のもとに走って祝賀、人々を笑わせたものだった。彼の行先も不明(フリー)。年齢問題もあるため、ロシアにいるMFマテュー・ヴァルビュエナに合流するのでは、と言われている。

 そんな2人の傍らで、もう1人、別れを告げた選手がいた。バスティアのFWジブリル・シセである。彼はこの試合を最後に、スパイクそのものをついに脱いだ。リーグアン通算96ゴールを誇るシセもさすがに年齢には勝てず、ケガが重なって、今季限りでの引退を決意していた。それが監督の粋なはからいで、最後の10分間だけ投入されたのである。古巣でありハートのクラブでもあるOMのピッチでキャリアを終えたシセは、いつもどおり奇抜なヘアスタイルで、だが穏やかそのものの笑顔を浮かべて、「最後の瞬間を満喫したよ」と語った。もうシセが見られないと思うとどこか寂しいものである。

 さて、マルセイユでそんなドラマが展開している間、ロリアンのアウェーチーム用ロッカールームでは、モナコの若武者たちがお祭り騒ぎをしていた。金属の箱を太鼓にみたてたスタッフの音頭で、威勢のいい掛け合いが始まる。スタッフが「彼がゴールした!」と叫ぶと、全員が「彼がゴールした!」と応じる。するとフェレイラ・カラスコがテーブルに上がって、おどけた踊りを始める。スタッフが「チャンピオンズリーグだ!」と叫ぶと、また全員が「チャンピオンズリーグだ!」と応じる。爆笑が弾ける。

 そしてその輪の中に、レオナルド・ジャルディム監督の姿もあった。にやにやとにこにこの中間のような独特の笑みを浮かべて、だがやはり心底嬉しそうに――。この指揮官には、正直脱帽だった。攻撃サッカーを標榜してやってきたジャルディムは当初、以前当コラムでも紹介したように、誰もが首を傾げる試行錯誤を繰り返して、19位の降格圏に落ち込んでいた。ところがその後、最上の戦術と選手起用法を見つけてしまったのである。攻撃サッカーはあっさり捨て、カテナッチョ張りの守備的戦術を導入。当初退けようとしたMFジェレミー・トゥラランも見事に活かし、躍動する若武者たちと経験豊富なベテラン勢を融合したチームを作り上げて、どんどん勝ち始めた。

 結果は19位から3位。それどころか、CLで誰も予想しなかった快進撃を果たし、敵地ロンドンで怒涛のカウンター攻撃を展開、ヴェンゲル率いるアーセナルを撃退してしまった。FWラダメル・ファルカオもMFハメス・ロドリゲスも失った挙句に・・・である。

 お蔭でフランスは、クラブシーンのUEFAカントリーランキング崩落を免れ、来シーズンのCLにも3チームが出場できることになった。それなのにジャルディムは、リーグアン最優秀監督賞の“候補”にさえノミネートされなかった。単なるフランス人同業者の仲間贔屓なのか、最近強まるフランス“らしくない”外国人排斥ムードの影響なのか――。だが心あるフランス人は、彼の指揮官ぶりにしっかり脱帽している。

 来シーズンのCLでどこまで行けるかは不明だが、DFレイヴィン・クルザワ、MFジョフレイ・コンドグビア、前述のカラスコ、マルシアルといった若武者たちは、すでにCL檜舞台を経験し、成長あるのみとなっている。

 さて、彼らが躍りを終えるころ、パリのパルク・デ・プランスでは、煌びやかな花火に次いで、豪華絢爛たる光と音のスペクタクルが始まった。パリSG(PSG)3年連続・通算5回目のリーグ優勝を祝う夕べである。まるでCLファイナルのような壮大さ。金に飽かしてちょっとやりすぎという気もしたが、サポーターにはたまらなかっただろう。そしてスペクタクルが終わると、華々しくトロフィー授与式典が始まった。最初に登場したのは、ローラン・ブラン監督とそのスタッフたち。思えばブラン監督のこの1年も、ドラマティックだった。

 ワールドカップで座礁してしまったDFチアゴ・シウバとDFダビド・ルイスのブラジル人CBコンビがトラウマを抱え、エースのFWズラタン・イブラヒモビッチも初めてのケガに見舞われてしまったPSGは、どこかギクシャクしたまま、「秋のチャンピオン」(前半戦の首位)を宿敵OMに奪われた。これでブラン更迭の噂も流れ始める。しかも不満を抱えていたFWエディンソン・カバーニとFWエセキエル・ラベッシが、休暇明けの合流にわざと遅刻。ブランの厳格さ不足に批判が集中する。もしCLで昨年に続いてチェルシーにやられ敗退となれば、ブランの首は今季限りと言われたものだった。

 ところがブラン監督は、これをひっくり返す。選手信頼という基本路線を維持しつつも引き締め策を導入すると、CLチェルシー戦に向けて一気に精神集中。そしてあのモウリーニョを、ついにギャフンと言わせたのである。これでブランの株は急上昇した。やがてバルセロナに当たってCLを去ると、今度は怒涛のように国内リーグに集中。圧倒的な力を見せつけてリーグカップを制し、リーグアンでもついに首位に浮上した。煩くつきまとったリヨン(2位)も振り落とし、もはやわずかな揺るぎさえ感じさせなかった。こうしてブラン監督の人気は急上昇。俳優や歌手などを含めた国内知名度を測る調査会社によると、ブランはディディエ・デシャン代表監督のそれさえ抜いて、高い知名度を獲得したという。そしてブランは、今季リーグアン最優秀監督賞に輝いた。監督とスタッフに次いで選手たちも、1人1人、スポットライトとともに華々しく登壇。やがてイブラヒモビッチの名が呼ばれた。彼の1年もドラマティックだった。

 イブラは今季、ケガに泣いたばかりか、舌禍を起こしてしまったのである。ボルドー戦で審判が初歩的ミスをしたため、フラストレーションから怒り心頭に発したイブラは、思わず廊下で審判のレベルの低さに毒づき、「クソの国」と言ってしまったのだ。これがテレビカメラに映って流され、大騒ぎに発展してしまう。

 個人的には「クソ」はお下品だが、それだけのことという気がした。悪い点があれば批判する自由は誰にでも与えられるべきだからだ。しかもイブラの脳裏では、フランスという“国家”にたいする批判ではなく、審判の水準という“スポーツ的な枠内での国”だったに違いない。だいたいフランス人自身が、毎日のように言っている言葉でもある。

 ところがフランス人は、“巨額の給料をもらっているありがたい国に対して言う言葉か!”、という過剰反応を起こしてしまう。左翼政治家までが“けしからん”と怒り出した。そこには、“外国人のくせに”というナショナリズムが感じられた。

 後にスウェーデンのジャーナリストは、「政治家まで騒いだ点が驚愕だった。スウェーデンではズラタンが何を毒づこうが、政治家は介入などしない」と語った(イーテレ)が、重要な指摘ではないだろうか。

 どうもこのごろ自由と平等と人権の国フランスは、感情的ナショナリズムの森に迷い込んでいるフシがある。そしてイブラは、公式サイトでの謝罪に追い込まれ、3試合出場停止処分を食らい、イブラバッシングに晒された。私が見た限り、公の場でこの問題に正しく反応したのはブラン監督ただ1人。ブランは記者会見でこう言ったのである。

 「フランスは民主主義の国ではないかね?」

 自由に批判し、自由にモノを言っていい国のはずだ、という意味である。そのイブラがスポットライトを浴びていよいよ登場した。イブラは、おどけた走り方を披露して登壇。司会者が「パウレタの記録109に到達しませんでしたが、次のゴールはいつになるでしょう」と英語で水を向ける。するとイブラはフランス語で、「まあそのうちにね。ヴィーヴ・ラ・フランス!」(フランス万歳)と叫んだのだった。これには監督もチームメイトも爆笑。私も膝を叩いて大笑いした。

 しつこいケガと出場停止に遭遇しても、イブラは今季19ゴールを叩き込み、PSGでの通算ゴール数は106に。「来季はイブラが去る」という説と、「いやカバーニが去る」という説が入り乱れ、MFアンヘル・ディ・マリア(現マンU)獲得の噂も流れているが、さてどうなることだろう。

 だがその前に、PSGのシーズンはまだ閉幕していない。

 来たる5月30日、歴史と伝統を誇るフランスカップのファイナルがおこなわれるからだ。相手は老舗オセール。PSGがこれを制した場合、フランスでは前人未到の3冠(リーグアン&リーグカップ&フランスカップ)達成となる。シーズン開幕時のトロフェ・デ・シャンピオン(前季リーグ覇者とフランスカップ覇者が対決)を加えれば、4冠である。

 果たしてPSGは、フランス史上初の一大快挙を実現できるだろうか。(結城麻里=パリ通信員)

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