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【コラム】海外通信員

憧れのマルセイユ入りも… トーヴァンの空

[ 2013年9月20日 06:00 ]

2013年U―20W杯でフランス代表の優勝に貢献したフロリアン・トーヴァン
Photo By AP

 9月14日(第5節)、マルセイユと対戦したトゥールーズの観客は、フロリアン・トーヴァン(20)にいちいち厳しい口笛を鳴らした。名前を聞けば口笛。ボールに触れば口笛。ボールを空振りすれば嘲笑。トーヴァンも活躍できず、マルセイユでのデビュー戦は厳しい結末となった。

 どうやら今季、トーヴァンはどこに遠征しても同じ待遇を受けることになりそうで、ちょっとしたトーヴァン・バッシングが起きてしまっている。

 前回コラムでも少し紹介したトーヴァンは、昨季バスティアで大活躍し、冬のメルカートで早々とリールと契約。そのままバスティアにレンタルで残り、シーズン後半戦もゴールを決めまくって、U―20代表ではワールドチャンピオンにも輝いた。

 ところが、そのころから、心が揺れ始めた。リールはチャンピオンズリーグ(CL)出場もヨーロッパリーグ(EL)出場も逃し、一方のマルセイユはCL出場を決めたからだ。しかもマルセイユは彼の憧れであり、そのマルセイユもトーヴァンを獲得したくなった。

 問題は、トーヴァンがすでにリールと契約していたこと。本来なら契約どおり、まずはリールに行ってしかるべきだった。本当に実力があるなら、リールで活躍してからでも、ビッグクラブ移籍は十分可能だからだ。したがってリールは「絶対手放さない!」と主張し、マルセイユは「ぜひとも獲得したい」とオファーを繰り返す。

 こうしたなかトーヴァンは、U―20ワールドカップ中も携帯にしがみつき、マルセイユ行きの夢ばかり見るようになった。同室だったマリオ・レミナがマルセイユ入りしたばかりだったことにも、影響されたようだ。

 そして8月、彼はリールでトレーニングをボイコット。声をかけてくれたルディ・ガルシア監督がリールを離れたこと、リールが契約の一部を履行していないこと、などの理由を挙げて、単独ストライキに突入してしまったのである。

 これでメディアは批判的になった。人々もうさん臭さを感じた。

 フランスでは軍以外の誰にでもスト権があるから、ストそのものを批判されたのではなかった。そうではなく、ストの大義に疑問がもたれたのである。「てんぐになったんじゃないか」「不正があったならともかく、どう見ても金と名誉のためじゃないか」と思ったのだ。

 過去に同じ行為をしたディミトリー・パイエット(マルセイユ)も、「(ストの)最中もその後も、ものすごくきつかった。あくまでも本人の自由だけど、いまになって自分の行為を冷静に思い返すと、お勧めはしないかも…」(カナル・プリュス)と助言した。

 だが遅すぎた。トーヴァンは、もう後戻りできなくなっていたのである。それにリールもこうかつだった可能性がある。トーヴァンによれば、「会長は移籍の方向で話し合おうと言ったのに、結局一度も会ってくれなかった。うまく勝ち組になったのはリールじゃないの?」と、リールこそが金のために立ちまわったことをほのめめかせた(15日夜のカナル・フットボール・クラブ)。

 結果、メルカート最終日の9月2日、トーヴァンはマルセイユ入りを果たした。だが、世論を敵に回してしまったため、せっかく夢のマルセイユに来たのにお披露目もなし。メディアを避けて、そっとマルセイユ人生をスタートするハメになった。

 しかも移籍額や給与額は、いまも謎に包まれたままだ。リール側は、移籍金1400万ユーロを手にしたと主張。ところがマルセイユ側は、1200万ユーロで購入したとしている。給与も同様で、月俸17万ユーロ説と9万ユーロ説が入り乱れている。こうしてトーヴァンは、当面、嫌われ者になってしまった。

 だが最近、別の背景もクローズアップされてきている。“取り巻き”の問題である。

 トーヴァンはもともとテクニックに優れ、「ポール・エスポワール」と呼ばれるプレフォルマシオン(前育成)センターで育てられていた。12~3歳からエリートを育成する施設で、INFクレールフォンテーヌの地方版である。シャトールーにあった。

 だが当時のトーヴァンは痩せぎすのチビで、学業も態度も悪くはなかったものの、フットボーラーとしての未来は誰も確信していなかったという。しかも両親が離婚し、不幸の最中でもあった。そこに現れたのが、「アディルおじさん」だった。

 現在29歳のこの人物はパリ下町で肉屋を経営する男性で、13歳のトーヴァンの才能を嗅ぎつけ、赤の他人にもかかわらず面倒を見始めたのだ。才能に群がるハイエナなのか、本物の足長おじさんなのか、その辺は謎である。だがトーヴァンは、「アディルおじさん」を実の親のように慕い、その精神的保護下で生きるようになった。やがてグルノーブルに拾われたトーヴァンは、さらにバスティアに羽ばたき、そこでブレイクしたのである。

 問題は、今回のスト劇で、この「アディルおじさん」がかなり影響力を行使したらしい点だ。だが本人は、「自分は代理人ではないから、金は一銭ももらっていない」と主張する。実際、代理人免許をもたない者が移籍で金を稼ぐことは、禁止されている。しかしトーヴァンが個人的にお金を上げたとすれば…? 

 そして「アディルおじさん」は、「トーヴァンはフランク・リベリ級のポテンシャルでは?」などと聞かれると、こう言い放つのである。「フロリアンは、ボクにとってはクリスチアーノ・ロナウドさ!」。純粋な愛情なのか、金勘定をしているのか、それとも両方か…?

 この一件は改めて、フットボーラーと“取り巻き”の問題を考えさせるものとなっている。金に目が眩んだ親や、親類縁者、友人、代理人など“取り巻き”の「助言」が、いかに若いフットボーラーの未来をふさいでしまうか、ということだ。

 実際、トーヴァンを知る何人かは、強気の一方で「あまりに周囲に影響されやすい未熟さをもつ」と指摘している。とはいえ20歳の若者に全てを完璧に自己管理しろと言っても、これまた難しい。とまれ、トーヴァンの空は、燦燦たる陽光に満ちていた昨季から、一気に暗雲に包まれたものになってしまった。後は本人が、乗り越えるしかない。

 マルセイユでトーヴァンを率いることとなったエリ・ボップ監督は、こう言う。「クリストフ・デュガリを率いたことがあるが、当時の彼もピッチに足を踏み入れた途端に口笛を浴びていた。だが、それが彼を昇華させたのだ。フロリアンも強い気性をもっているから、きっとそれを管理しなければならないのかもしれない。

 トーヴァンはこの運命を背負って、乗り越えることができるだろうか。フランスにはこんなお話がある。

 仲のいい2人の男性がおり、2人とも少年の息子をもっていました。ある日、一方に親類からお金が入り、息子に馬を買ってあげました。それを見た他方は、「お前はいいなあ、息子に馬を買ってやれて」と言いました。一方は答えました。「どうかな、わかんないな」。

 それから数年後。一方の少年が落馬で大ケガし、足を一本なくしてしまいました。そこで一方は言いました。「お前はいいなあ、息子が健康で」。他方は答えました。「どうかな、わかんないな」。それから10年ほど後、今度は戦争が起きてしまいました。他方の健康だった息子は徴兵され、戦場で命を落としてしまいました。しかし一方の息子は、足がないため徴兵を免除されて生き残りました。他方は言いました。「お前はいいなあ、息子を戦争で亡くさなくて済んで」。すると一方は答えました。「どうかな、わかんないな」・・・。

 フットボールは人生と同じ。幸福の絶頂でも有頂天にならず、不幸が起こり得ることを予測し、不幸のどん底でも絶望せず、幸福をつくれることを予測するのだ。これができれば、人はもっと強くなれる。そしてそれができるかどうかを決めるのは、自分だけである。(結城麻里=パリ通信員)

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