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【コラム】海外通信員

続バッドボーイ不足?! チャーミング男と救世主と生贄

[ 2012年11月30日 06:00 ]

マルセイユで活躍中のジョーイ・バートン
Photo By AP

 「や、やっちゃった・・・!」

 11月25日、フランス中のマルセイユ(OM)ファンは、思わずこう叫んでソファーから身を乗り出したに違いない。

 この日は、前回当コラムで取り上げた「札つき」ジョイ・バートンが、長い出場停止処分から明けて、ついにリーグアンに初登場(第14節、OM対リール)。ヨーロッパリーグにはすでに出場し見事なゴールも決めていたが、本舞台はやはり国内リーグとあって、注目が集まっていた。

 さて、そのバートン、20分間何のファウルもなく、絶好クロスで巨大なチャンスまで創り出していたのだが…、21分にやっちゃったのである。わざとではなかったものの、バルモンの向こう脛をもろに靴底で蹴り込んでしまったのだ。のたうち回るバルモン…。

 「…最初の犠牲者はバルモンとなりました」

 すかさずテレビ実況アナがこう宣告、OMファンは息を殺して見守ることに。だが審判が出したのは、レッドではなくイエロー。バートンも粛々と受け入れた。

 その後もバートンはまずまずの活躍。後半に両チームの小競り合いが起こると、バートンは衝突を避けて遠ざかり、タッチラインで水を飲む。68分には美しいミドルも撃ち、ポストの数センチ脇を掠めた。

 結果、交代の際も、ヴェロドロームの観衆からはバートンコール。しかもベンチで英語インタビューされると、英語とフランス語のちゃんぽんで答え、微笑みを誘った。最後は「マルセイユ名物ブイヤベースの味は?」と聞かれ、フランス語で「パ・マ~ル、パ・マ~ル(な~かなか、な~かなか)!」。インタビュアーは「チャーミングな男だ」と笑った。

 いまのところバートンは、はっきり言って、好かれている。

 前日には、莫大な給与やスポンサー契約がいかにフットボーラーを蝕んでいるかを切々と語り、こんなふうに言っている。

 「刑務所では週7ポンドしか稼げなかったけど、(高額給与より)シンプルだった」

 「窓に鉄柵があって出られなかった他に本当に欠乏を感じたのは、清潔な枕とベッド、好きなときにシャワーを浴びること。車だの女だのナイトクラブなんか、一瞬だって欠乏感にならないんだね。刑務所は、大切なのものの順番を理解させてくれたし、俺に社会的自覚も与えてくれたと思う」

 また少年時代に祖母から「2部の選手でいて欲しい」と言われたエピソードも紹介し、「当時は、こいつ何言ってやがんだ、と思ったけど、いまは彼女の言うとおりだとわかるようになった」とも言っている。

 貧困から弱肉強食のジャングルになっていた生まれ故郷、生き残るために暴力を身につけてしまった自分…。その分析はヒューマンかつ社会学的で、説得力をもつ。どこまで爆発せずにいられるか、まだハラハラは続くが、ピッチでの態度次第では、本当にOMファンのハートをつかむかもしれない。

 一方あっという間にパリSGファンのハートをつかんでしまったのは、やはり「悪童」の誉れ高かったズラタン・イブラヒモビッチだ。

 なにしろ、イブラヒモビッチがレッドを食らって2試合出場停止となるや、パリSGのパフォーマンスはガタ落ちとなり、第12節は敵地モンペリエで1-1の苦戦ドロー、第13節はホームでレンヌに1-2で惨敗し、首位の座から転落するありさま。ところがイブラヒモビッチが戻った第14節は、当のイブラヒモビッチの2ゴール2アシストでトロワを4-0で木端微塵にし、途端に首位を奪還してしまったのだ。「悪童」どころか、文字通りの救世主である。

 イブラの統計は、リーグアンだけで12ゴール3アシスト(第14節時点、プレーしたのは11試合)。これは、パリSGゴールの65%に絡んでいることを示しており、パリSGのイブラ依存は火を見るよりも明らかである。

 それどころか、フランス中がイブラ依存状態かもしれない。

 トロワ戦翌日のレキップ紙見出しは、何と「ウェルカムバック、イブラ!」。批判精神に富むフランスメディアでもさすがに非が見つからず、「批判できないのは彼のせい」と嘆くほどだ。

 そういえばフランス人は、「zulataner(ズラタネ=ズラタンする)」という動詞までつくってしまった。フランス語では動詞の多くがer で終わるため、ズラタンにそれをつけたのだ。「圧倒的に君臨する」というような意味で、異論を差し挟めないほどの威風堂々ぶりを称える新語となっている。

 対照的に、新「悪童」に仕立てられてしまったのが、フランス人のヤン・エムヴィラだ。

 2011年、モンペリエでのフランス代表試合後に、友人と悪乗りして女性2人をホテルに引き入れ、眠っている間に高価金品を盗まれてしまった珍事が始まり。次いで2012年、フランスカップ戦で所属のレンヌが格下クヴィイーに敗れると、怒ったサポーターにいら立ち、つい衝突してしまう。

 さらにその直後には、同居していた妹のボーイフレンドが盗みを働いたため、思わずひっぱたいて警察沙汰に。さらにユーロ2012では、交代時に監督にあいさつしなかったとして、規律委員会から1試合出場停止の処罰を受けた。

 そして今回は、U-21代表に助っ人として送り込まれたのに、またしてもポカ。U-21のユーロ2013予選突破がかかったプレーオフ最終戦の3日前だというのに、やはり友人と悪乗りし、何人かのチームメイトを誘って真夜中にホテルを抜け出すと、フランス最西端のルアーブルからパリまでタクシーを飛ばしてナイトクラブへ。これがバレたうえ、プレーオフ最終戦に敗れたため、とうとう大問題化してしまった。

 結果、規律委員会は、エムヴィラをあらゆる代表チームから締め出し、19カ月という長期出場停止処分に。これでエムヴィラは、何と14年ワールドカップ・ブラジル大会にも出場できなくなってしまったのだ。

 だが、これには批判も噴出している。

 みずからも未成年買春容疑をかけられて苦労したフランク・リベリは、「いくらなんでも厳しすぎる!」と、バイエルンから絶叫。テレビ解説で活躍するダニエル・ブラボー元フランス代表は、「エムヴィラは明らかに生贄にされている」と糾弾している。

 生贄(スケープゴート)…。人間はときに、自分たちに都合が悪いもやもやした状況が起きると、誰かを敵に仕立てて“血祭り”に上げることで、「自分たちは白なのだ」と思いこませ、また思いこもうとする。たとえば失業が増え、国中に不安や閉塞感が蔓延すると、真の原因から眼をそらさせるために、外国人迫害感情を煽る政治家が出てくる。知性や思考力に欠ける人も、それにうまく乗せられてしまう。外国人を叩く方がずっと簡単だし、ほっとするからだ。醜い生贄の論理がそこにある。

 エムヴィラの場合、まさにそれではないのか。そもそも同じ規律委員会が、2010年ナイスナ事件でお粗末な裁定をした。しかもユーロ2012でもナスリのジャーナリスト侮蔑事件が再発、人々はもう嘔吐感に苦しんだ。そこへエムヴィラたちのナイトクラブ行が発覚したのだ。

 よって規律委員会は、ここぞとばかりエムヴィラを“血祭り”に上げることで、世論の責任追及を逃れようとしたのではないか。

 11月25日、カナルプリュスに出演したディディエ・デシャン代表監督は、エムヴィラへの処分について、「2010年から積み重なってきた諸事件が…」と発言。司会者が「重すぎると?」と突っ込んだため、「そうは言わなかったぞ。重すぎる、重すぎないは、私ではなく規律委員会が決めることであり、上訴もできるはず」と、論を断った。実際エムヴィラは、上訴している。

 私はエムヴィラのインタビューをしたことがあるが、気にかかったことが2つあった。1つめはナイスナ事件についてどう思うか聞いたのに対し、「知らないよ」と答えた反応。2つめは写真撮影で「腕組みしてみて」と言うと、「バッドボーイ風に?」と笑った反応。「違うよ、男っぽくだよ」とこちらも笑ったのだが、妙にひっかかったものだった。

 とはいえ、エムヴィラを「悪童」と呼ぶのは、どうもズレている。それどころか、自分を慕う障害児のために懸命に心を砕く、気のいい男だった。今回の事件でエムヴィラは、「いい兄貴分になることに失敗してしまった」と語っているが、慕われる兄貴になろうとして、シテ(団地)ではなくプロの世界にいることを忘れてしまったのだろう。未熟さから、危険度も測れなかったのだ。よって“弾圧”ではなく“教育”で臨むべきである。まして生贄にするなど、フランスフットボール界の根本が問われる。

 もっともエムヴィラの方は、バートンの言葉に耳を傾け、イブラに学びながら、ピッチ上で真剣蜂起しなければならない。(結城麻里=パリ通信員)

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