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【コラム】海外通信員

フランスはバッドボーイ不足?! 悪童と天狗と反逆児

[ 2012年9月14日 06:00 ]

マルセイユ入団会見で笑顔を見せるバートン(中)。左はアニゴSD、右はラブルン代表
Photo By AP

 サプライズで有名なフランスのリーグアンが、開幕早々から、やたらビックリ仰天をもたらしている。

 金満パリサンジェルマン(PSG)が1450万ユーロ(約1億4500万円)という史上最高額を移籍市場に叩きつけて世界を仰天させたと思いきや、その1人として登場したイブラヒモビッチもさっそく怪物ぶり(3試合出場4ゴール)でフランス中を驚かせた。にもかかわらずPSGはたった1勝の8位(第4節)と、意外なほど侘しい序盤戦。

 対照的に金欠マルセイユ(OM)は、宿敵パリの優雅さに歯ぎしりしながらゾロゾロと選手を手離し、それなのに4戦4勝の堂々1位。OMの開幕4戦全勝は何と80年ぶりの快挙だから、フランス中どころか、本人たちまで驚いている。

 だがフランスのサプライズは、他にもある。どういうわけか今季は、バッドボーイ(悪童)が、続々と(?)フランスに上陸しているのだ。

 前述のイブラヒモビッチ(ミラン→PSG)は、フランス人オリヴィエ・ダクールを殴ったことがあるし(もっとも2人はその後親友に)、アドリアン・ムトゥ(チェゼーナ→アジャクシオ)は麻薬や飲酒騒動で有名だ。そして何と、ジョーイ・バートンという“札つき”まで、やってきてしまった(クィーンズ・パーク・レンジャーズ→OM)。とくにジョーイ・バートンは、サスペンスさえもたらしている。

 なにしろ2007年5月1日には、トレーニング中にタックルしたフランス人ウスマン・ダボをしこたま殴りつけ、執行猶予つき4カ月の判決を受けて監獄入り。今年5月13日にもアルゼンチン人セルヒオ・アグエロに蹴りを入れて、12試合出場停止処分になっている。つまり、現在も出場停止中の身なのだ。

 それなのに夏の半ばから、バートンはツイッター上でOMに熱烈ラブコール。最初は「まさか」と笑っていたフランス人も、本当とわかるや、大騒ぎとなった。どうやらバートンは、元OMのジブリル・シセやタイオから、「マルセイユは君にピッタシ!」と温かい(?)励ましを受けたらしく、かなりルンルン。9月1日には「レキップ」紙女性記者の独占インタビューを受け、(記者によるとバートンは「気さくで面白い」そうだ)、かなり饒舌に、なかなか興味深いことを語っている。

 「ニューカッスルは俺のハートのクラブ。シティはそうでもない。9年プレーしたし、ファンともいい関係だったけど、クラブが変わってしまった。・・・カネがフットに流入すると、チームはもう民衆のものじゃなくなるんだ。悲しいことだよ」

 「もうちょっと若かったら(マルセイユ)中心部に住んでいたな。朝からファンに会って話すのが好きなんだ。・・・小さいころはエバートンのトレーニングに通って、選手が出てくるのを待ったものさ。止まってくれるヤツらは好きだったけど、スーパースター気どりで車を飛ばして帰るヤツらは好きじゃなかった」

 「(2007年のリバプール-マルセイユ戦を)覚えてるよ。俺は午後1時ごろに街なかにいたんだけど、マルセイユのサポーターはもう歌ってた。キックオフは午後8時45分なのにさ! だから俺は、スタジアムに着くころには声が出なくなるんじゃないか、って思ったんだ。ところが彼ら、夜じゅう歌ってた」

 「(俺の処分は)政治的でもあるんだ。俺はシステムをかなり批判するからね。代表だって批判するし。・・・連盟にもすごく批判的だ。何かあるたび呼びつけられて出向き、いすに座ると、そこには100歳にもなる背広姿がいて、人生で一度だってフットをプレーしたこともないくせに、こう言うんだ。『ミスター・バートン、こういうことをするのは悪いことなのですよ』って。スタジアムにだって一度も行ったことないくせに、何がわかる」

 「人々は俺を過小評価している。監獄から出てきたときも人々は、『あれは悪い選手だ』とは言わなくて、『あれは気違いだ』と言ったんだ。俺にとってはきついよ」

 これを読んだフランス人は、おそらく悪い印象は持たなかったはずだ。むしろ「おや、こいつはただのバッドボーイじゃなくて、本物のルベル(反逆児)なんじゃないか?」と思ったに違いない。

 カネやビジネスを批判し、体制を批判し、民衆を愛し、民衆を愛する選手を愛し、その結果奇想天外な反逆児となったならば、これはフランス人好みなのである。そもそもフランス人には、不思議とバッドボーイがあまりいない。あえて挙げれば、リベリ、シセ、最近ではエムヴィラぐらいか。

 だがリベリは、飲物に塩を入れる、屋根の上から水をかける、ズボンの内側にジェルを塗っておくなどのイタズラ系で、バッドボーイと言えるかどうかも怪しい。シセも、見かけはど派手だが、根は謙虚で、いまや独特の誠実さで愛されている。エムヴィラは、ホテルで売春婦に金品を盗まれたり、自宅で物を盗んだ妹の恋人をひっぱたいたりしたが、どうも私が会った印象では、気が優しいためにつけこまれている感もある。

 これに対し、若いときからちやほやされ、天狗ボーイになってしまう選手は、わんさといる。アネルカ、ナスリ、ガラス、ベン=アルファなどは、みなこちらのタイプだろう。自分は素晴しい天才と思いこんでいるから、少しでも批判されると消化できず、エゴイスティックに爆発して、チームに害をもたらす。フランス人は、こちらは大嫌い。ナスリなど、しばらくは許してもらえそうもない。

 ただ、体制やカネを恐れず民衆のために勇敢に抵抗する、大義をもった反逆児については、フランス人は寛容なのである。いや、むしろ大好きだ。よってバートンには、どことなく好意的な反応が漂った。

 だが堪忍袋の緒が切れたのは、かつて暴行されたダボ。

 すでに現役を引退していたが、ダボはたまらず「レキップ」紙に登場し、暴行の一部始終を描写して、「あれは卑怯者だ」と叫んだ。「バートンの評価を間違えてはいけない。ヤツはいま入念にコミュニケーション宣伝をしているところなんだ」「腹黒い裏切り者だ」と警鐘を打ち鳴らし、「メネーズだのナスリだのエムヴィラだのをわずかなことで非難しておきながら、フランスメディアは、たくさんおぞましいことを犯したヤツに甘くしている」と訴えた。

 一方、OMのジョゼ・アニゴSDは、「バートンを信じるべきだ」と熱心擁護。もっともアニゴのイメージこそややゴッドファーザー風だけに、リヨンのジャン=ミシェル・オラス会長などは、「ウチならこんなリスクは負わないね」と冷たく皮肉ってみせた。

 さてバートンは、ただのバッドボーイなのだろうか、それとも本物の反逆児だろうか。

 このサスペンスのなかで、愉快に一本とったのはOMサポーターで、ヴェロドロームのお披露目に「ウェルカム、スィート・アンド・テンダー・フーリガン」と英語で書いた横断幕を掲示した。バートンの好きなロックバンドの歌詞だが、その歌詞はこうなっている。

 「彼は甘く優しいフーリガンだった 彼は二度と繰り返さないと言った もちろん彼は繰り返さないだろう 次回までは」

 そしてOMの選手たちはといえば、ここまで誰一人、トレーニングでバートンにタックルを仕掛けた者はいないそうだ。バートンの処分明けは、11月10日の予定である。(結城麻里=パリ通信員)

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