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【コラム】海外通信員

アンタッチャブルではなくなったモウリーニョ

[ 2012年2月9日 06:00 ]

スペイン国内から火がついたモウリーニョ退団報道の真実は?
Photo By AP

 1月下旬のスペイン国王杯準決勝で、再びバルセロナとあいまみえたレアル・マドリードだが、この対戦を境に、ジョゼ・モウリーニョ監督はメディア、ファンにとってアンタッチャブルな存在ではなくなった。

 昨年の12月10日、本拠地サンチャゴ・ベルナベウで行われたリーガエスパニョーラでのクラシコに1-2と敗れ、バルセロナとの力の差を再び見せつけられたレアル。それでもリーガで首位を走っていることで何とか面目を保っていたモウリーニョ監督だが、これだけ早い再戦は望まないことだったのかもしれない。そんなポルトガル人指揮官が、1月19日のベルナベウでのファーストレグで敷いた布陣は、驚くべきものであった。招集メンバーを試合開始の30分前まで隠していたモウリーニョ監督は、負傷の影響で4カ月以上戦列から離れていたリカルド・カルバーリョ、さらには主戦力ではないハミト・アルティントップを先発起用。次のリーガの試合を重視し、ライバルに屈辱を浴びせられることを覚悟したような布陣だった。

 ペペのリオネル・メッシの手を踏みつけた行為も話題となったこのファーストレグだが、レアルはリーガのクラシコと同じ1-2の逆転負けを喫した。レアル寄りで知られるスポーツ新聞マルカの報道は痛烈だった。起用選手を含め、バルセロナに70%以上のボールポゼッションを許す守備的パフォーマンスを「その輝かしい歴史に背いた」「レアルのパフォーマンスは小さなチームのそれだった」と批判した。

 そしてマルカが激震を走らせたのは、1月22日付のチーム内分裂報道だった。同紙曰く、モウリーニョ監督はスペイン人選手たちが自身の采配への不満を漏らしたことに怒りを感じており、一方のスペイン人選手たちは、ポルトガル人選手たちとの待遇の違いによって溜めていた不満をぶつけたという。最も話題を呼んだのは、チームのキャプテンの一人であるセルヒオ・ラモスとモウリーニョ監督との口論だった。

 モウリーニョ監督はセットプレーからカルレス・プジョールに同点弾を決められた際に、セルヒオ・ラモスがマークする選手を独断で変更したとして「お前は監督としてプレーしているのか」と非難。これに対してセルヒオ・ラモスが、「状況によってマークを変更することもある。あなたのようにユニフォームを着たことがない人には理解できない」と反論したという。

 マルカがチーム内分裂を報道した日には、ベルナベウでリーガのアスレチック・ビルバオ戦(4-1)が行われたが、モウリーニョ監督はファンから初めてブーイングを受けた。先のファーストレグの采配を受けてのものだが、モウリーニョ監督は試合後会見で「問題ではない。ここではジネディーヌ・ジダンやロナウド、クリスティアーノ(・ロナウド)がブーイングを受けた。私が批判の対象とならない道理がどこにある? ジダンはブーイングに、そのサッカーで返答をした。私が返答をする日も来るだろう」と、ブーイングを意に介していないことを強調した。しかし、チーム内不和報道からベルナベウでのブーイングまでの一連の流れは、モウリーニョ監督の退団報道にまで行き着く。スペインのテレビ番組に出演した同国人記者が、モウリーニョ監督が今季限りでのレアル退団を決断したことを聞きつけたと話し、各メディアがこれを一斉に取り上げた。

 この周囲の喧噪のなか、セカンドレグ前日会見に臨んだモウリーニョ監督は異様な雰囲気を醸し出して記者陣を圧倒した。退団報道に関する質問に「私が言ったのか? 君の同業者に聞いてくれ」。ベルナベウでのブーイングについて「知らない。私ではなくてファンに聞いてくれ」。セルヒオ・ラモスとの口論についても「私は知らない」と、ほぼすべての質問に、一言か少ない口数で返答した。このモウリーニョ監督の態度に、マルカは辛辣だった。「モウリーニョはその血統を失った。記者陣との質疑応答に応じる意思がなく、一連の報道に反論する気もなかった。彼は世界最高の監督という地位を放り投げたのだ」と記した。

 しかしこのセカンドレグが、吹き荒れる逆風を止める。モウリーニョ監督はバルセロナの本拠地カンプ・ノウでのこの一戦で、MFメスト・エジル、MFカカーを同時に起用するなど、ファーストレグとは打って変わって攻撃的采配を披露。前半に2点を奪われたが、後半にC・ロナウド、カリム・ベンゼマのゴールで同点に追いつき、合計スコアでの逆転にあと1点まで迫った。マルカは「レアルはセンセーショナルなパフォーマンスを見せた」「バルサはかつてないほど苦しんだ。おそらく、レアルがこれまでバルサと正面を切って向き合おうとはしなかったのだろう」と、モウリーニョ監督を称賛。ベルナベウのファンも、次のリーガのサラゴサ戦で喝采を浴びせた。

 だが、モウリーニョ監督とファン、メディアとの関係は、もう以前のものではなくなった。自身を“スペシャル・ワン”と称するモウリーニョ監督はこれまで、レアルを含めたすべてのクラブで、ファン、メディアから批判を受けたことはなかった。レアルではホルヘ・バルダーノ前GD(ゼネラルディレクター)との権力争いにも勝利してチームマネージャーとなり、補強に関する実権をも握った。しかし過去の監督たちが苦しんだ20世紀最高のクラブ独特の環境は、ついに“スペシャル・ワン”も例外から外した。チーム内分裂報道も事実でるならば、まさに四面楚歌の状況と言えるだろう。

 監督としてのキャリアで、初めてアンタッチャブルな存在ではなくなったモウリーニョ監督だが、この状況をどう受け止めているのだろうか。セカンドレグ以降の会見をアイトール・カランカ助監督に任せ、メディアの前で口を開いていない現状では、知りようもない。スペイン国内から火がついた退団報道は、イングランド、イタリアにも飛び火し、その憶測は限りなく燃え広がっている。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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