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【コラム】海外通信員

フランスに怒り充満「ラ・デグランゴラーダ」?! パリSG 7年間CLでは無残

[ 2018年3月8日 18:30 ]

欧州CL決勝トーナメント1回戦第2戦、レアル・マドリード戦で興奮するパリSGのサポーター
Photo By AP

 チャンピオンズリーグ(CL)パリSG・レアル戦から一夜明けた7日、フランスは怒り充満状態である。

 もちろんフットボールに興味がない大半の女性たちは別。だが残りほとんどの国民は、目にこそ見えないものの怒り心頭、イライラ、ムシャクシャ、ゲンナリ、鬱々、皮肉な気分、睡眠不足、疲労感・・・と、要するに限りなく幸せから遠いところにいる。

 朝一番で車メーカーのカウンターに行かねばならなかった私も、担当者の手が空くのを待ちながら、ゲッソリして「レキップ」紙を開いた。7年ぶりに買ったばかりの車が大型トラックに追突され、挙句にぶざまな試合を見せられて、さらに睡眠4時間半で修理工場に駆けつけたのだから、機嫌も悪くなる。

 「レキップ」紙1面大見出しは、発売前の6日夜中から知っていた。そもそも私も叫んだフレーズだ。

 「トゥ・サ・プール・サ?」――。

 直訳すれば「全てがたったこれだけのため?」意訳すれば「大山鳴動して鼠一匹?」という感じの表現である。いや、一匹も出なかったか。

 というわけで、1面は知っていたため私は2面を開き、思わず口に出して見出しを読んでしまった。「彼らはもう一方の頬(ほお)も差し出した」――

 すると突然、カウンターの担当者が口を開いた。「まったく。僕、くさくさしてよく眠れなかったんですよ。お蔭で遅刻までしちゃって(苦笑)」

 私も応える。「同じ!よく眠れなかったわ。体調悪いったらありゃしない(苦笑)」。これで心が通じ合い、修理手続きも代車手配も親切・スムーズになったけれど、空は灰色、氷雨が降りしきっていた。

 さて帰宅してニュース専門テレビをつけると、怒りの声はフランス中に噴出していた。「エメリ(監督)には怒りしか感じない!」「よかったのは発煙筒で熱く応援したサポーターだけ!」「選手たちも0点だ!」「PSGは全てを再構築すべき!」「チアゴ・シウバら主力も建設期には貢献したけど、もう出て行ってもらおう」・・・。町の声もスタジオのアナリストの声も、絶叫調になっていた。

 もう7年である。7年間、CLではいつも無残に敗退。ま、マンチェスター・シティーもビッグイヤーを手にできずにいるけれど。でも今年あたりはいくかもしれない。

 カタールが華々しくパリを買収したのは2011年夏。カネにものを言わせてチアゴ・シウバ、パストーレ、ヴェラッティ、イブラヒモビッチ、カバーニ、ベッカムらを次々獲得し、傲慢さを批判されながらも少しずつ上昇した。

 ローラン・ブラン指揮下のズラタン時代には、一定の安定期も築いたように見えた。だがCLベスト4入りは実現できず、契約を更新したばかりのブランさえ冷酷に首にして、果ては国内リーグタイトルまで失った。

 そしてひたすらCL優勝のために、昨夏の狂乱がやってきた。2億2200万ユーロをはたいて驚愕のネイマール・ハンティングを敢行し、フランス人超新星キリアン・エムバペもゲットして世界をあっと言わせたのだ。昨夏のリクルーティングだけで4億ユーロを超すカネを湯水のごとく支出し、サラリーを入れれば、庶民の目が飛び出すような額を遣っている。

 それなのに6日の試合で見えたのは、前進どころか、後退だった。

 マルセイユの地方紙「ラ・プロヴァンス」の1面大見出しが、「ラ・デグランゴラーダ」と掲げたのも納得だった。「デグランゴラード」(転落、没落)というフランス語と、バルサの大逆転劇で有名になった「ラ・レモンタダ」というスペイン語をかけたものだ。再上昇どころか転落だ、という意味である。

 実際PSGはこの3週間、「ラ・レモンタダ」めざしてすさまじいキャンペーンを繰り広げた。最初は、「セ・ラ・ゲール」(これは戦争だ)という横断幕を掲げたおどろおどろしいデモのビデオクリップ。普段デモ大好き人間の私でも、思わず眉を顰めたスローガンだった。次いで、煌めくパリと貧しいけれどフットボールの土壌になっているパリ郊外を合体したビデオクリップ。こちらのイメージはなかなかよく、「一緒にやってのけよう」のスローガンが打ち出され、有名俳優やラップ歌手も動員されていた。要するにカネをかけて豪華なキャンペーンをした。

 ところが、今回の試合にはなにもなし。全てが最悪だった。ビデオキャンペーンと現実の落差だけが異常に大きかった。

 エメリ監督が「AからZまで間違った」(レキップ紙ダミアン・ドゥゴール記者)うえ、ディ・マリア、カバーニ、エムバペの「DCM」もまるで機能しなかった。

 しかもディ・マリアが、ファーストレグ(ベンチ)のリベンジなのか、救世主になりたかったのか、はたまたW杯出場のためなのか、目立った割には「違いをつくれず、正確さにも欠け、チョイスもよく言って凡庸、守備貢献は恐ろしいほど欠如」していた(レキップ紙ユーゴ・ドゥローム記者)。

 試合直後の人気討論番組では、「もしいまロッカールームに入れたら、誰の胸倉をつかんで姿勢を正してやりたいか」の質問に、美貌のカリーヌ・ガリ(テレビジャーナリスト)がこう答えた。「ディ・マリア!エムバペは若くて経験も少ないけど、ディ・マリアは何年もいてCL経験も豊富で、今日の試合を背負う立場だったのに、自分のことばかり考えて全てにしくじった」

 だが誰もが思ったのは、クラブそのもののあり方である。グローバルな失敗だからだ。

 ネイマールだけに賭けたプロジェクトは、軽い捻挫と第5中足骨の半分ヒビであっさり崩れ去り、気づけばチームもできていなかった。レキップ紙ヴァンサン・デュリュック記者のこんな痛烈な事前警告が、現実になってしまったのである。

 もしここで敗退した場合は「一部分の不運と、大部分の運次第な戦略らしきものに焦点が当てられることだろう。つまりPSGは2億2200万ユーロ(要約だが)を、本質的にアンジェを打倒させてくれた(これも要約だが)1人の選手に投資したことになる」(カッコは原文のまま)

 アンジェはもののたとえで、ネイマールが輝きまくったのは主にリーグアンの中小クラブが相手だった、という皮肉である。

 そう言えば、カネにものを言わせてド派手で超高価な車を購入し、見せびらかすために乗り回している人は、しばしば人間としての中身がいまひとつだ。パレートル(人目を引くこと)に懸命になるのは、エートル(存在すること)に難儀している証拠である。PSGも、ホンモノのクラブになるための、ホンモノの戦略とホンモノの機構をもつときがきている。

 人の心とビッグイヤーは、カネでは買えないのである。そしてカネがあるなら、庶民を本気で幸せにするために遣うべきなのだ。(結城麻里=パリ通信員)

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