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いざ天下獲り!織田“メダル圏内”4位 

[ 2010年2月18日 06:00 ]

男子SPで4位につけた織田

 メダルを狙えるのは高橋だけじゃない。フギュアスケート男子SPで五輪初出場の織田信成(22=関大)が84・85点をマークして、3位・高橋と5・40点差の4位と好発進した。

 初めて立った夢のリンクでの演技を終えると、小さく息を吐き出した。織田の青白い表情が、五輪の緊張感を雄弁に物語っていた。「自分としては満足」と84・85点の4位発進に手応えを口にしたが、「凄い緊張して、あっという間に終わってしまった。とりあえずホッとした」と目を潤ませながら本音を漏らした。
 演技前、6分間練習のアナウンスで「戦国武将・織田信長の17代末裔(まつえい)」と紹介された。「あまり聞こえなかったけど、それもアリなんじゃないですか」。五輪用に新調した衣装で、冒頭のトリプルアクセルに成功。続く連続ジャンプは踏み切りが完ぺきではなかったが、3度のスピンすべてで最高評価のレベル4を獲得するなど安定した滑りを見せた。
 4年前、関大の先輩・高橋と1枚しかないトリノ五輪切符を争った。最終選考会の全日本選手権で一度は優勝と発表されながら採点ミスで順位が入れ替わり落選。コーチで母の憲子さんの胸で号泣。「次の五輪には絶対に行くんだ」と誓った。
 07年夏には「一番きつかった」事件が起きた。ミニバイクの酒気帯び運転で摘発され、謝罪会見で大粒の涙を流しながら頭を下げた。苦しかった時期を乗り越えてリンクに立った。「自分が社会のどのポジションにいるか、自覚できるようになりました。アスリートとして成長しました」と憲子さんは目を細める。
 カナダとは縁が深い。高校時代にカナダのバリーで強化合宿を行ったことがある。初出場で4位と健闘した06年世界選手権開催地もカルガリーだった。初の五輪がバンクーバーだったのも運命なのかもしれない。
 3位・高橋とは5・40点差、首位・プロシェンコまで6点差。メダルはもちろん頂点も手が届く位置にある。公式練習では4―3―3回転の連続ジャンプに成功するなど大技への手応えは十分。「調子を見て判断するけど、4回転を入れるつもりで頑張ります」。織田の懐には、ライバルを斬り捨てる名刀が忍ばせてある。

 ◆織田 信成(おだ・のぶなり)1987年(昭62)3月25日、大阪府高槻市出身の22歳。7歳からスケートを始め、05年世界ジュニアで優勝。3度出場した世界選手権では4位、7位、7位。07年夏に酒気帯び運転で摘発されて出場停止の処分を受けたが、08年NHK杯で復活優勝。今季はGPシリーズ連勝、ファイナル2位と好調。1メートル64、56キロ。

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2010年2月18日のニュース