【高校野球 名将の言葉(16)智弁和歌山・高嶋仁監督】壮絶逆転劇呼んだ「マーくんやっつけるためやろ」

[ 2022年8月20日 08:00 ]

18年夏まで智弁和歌山の指揮を執った高嶋監督(現同校名誉監督)
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 覚悟を決めた言葉が選手に響く。甲子園大会歴代最多監督勝利68勝を誇る智弁和歌山の高嶋仁監督(現同校名誉監督)は、選手を奮い立たせる言葉の力で何度も、試合の流れを変えてきた。

 2006年の第88回全国高校野球選手権大会でも、言葉の力を発揮した試合がある。準々決勝の帝京戦は壮絶な点の取り合いとなった。強打の智弁和歌山は2回に1本、4回に2本、7回に1本と4本塁打で試合の主導権を握っていた。8回終了時点で8―4。ところが、9回に試合は大きく動いた。2死一、二塁から不運な当たりが安打になるなど4連打で1点差。杉谷拳士に逆転の2点打を浴びると、この回先頭で代打出場し再度打席が回った沼田隼に3ランを浴びるなど8失点。8―12で最後の攻撃を迎えた。

 「何のためにここまできたんや。田中マーくんをやっつけるためやろ。ここで負けるためにやってきたんか」

 チームは夏の甲子園大会3連覇を目指す駒大苫小牧を倒すべく、「打倒田中将大」を合言葉に練習に取り組んできた。高嶋は北海道まで足を運び、どんな練習をしているかなど自らチェック。その上で、打撃マシンの球速を160キロ、スライダーも145キロに設定して、徹底的に打ち込んできた。単なる叱咤(しった)激励ではなく、取り組んできたことを再確認させる言葉だった。

 勝てば、準決勝で駒大苫小牧と戦うことが決まっていた。選手は逆転されたショックを吹き飛ばし、ラスト1イニングの攻撃に集中できた。「田中将大」にこだわってきた1年間だったからこそ、土壇場で持ち出した名前に選手は燃えた。考え抜いた文句ではなく、常に選手たちと向き合ったからこその言葉が響いたのだ。

 「本当は9回の8点に一番ショックを受けていたのは私自身。こんな野球では監督失格と思っていた。だからこそ、改めて高校生の凄さを感じた試合」と1イニング5得点のサヨナラ勝利は、高嶋にとっても忘れられない一戦だった。

 ◇高嶋 仁(たかしま・ひとし)1946年(昭21)5月30日生まれ、長崎県出身の76歳。海星の外野手として63、64年夏の甲子園出場。日体大卒。72年に智弁学園監督に就任し76年春に甲子園出場。80年から智弁和歌山監督となり18年夏を最後に退任。監督として甲子園通算38度出場し歴代最多68勝(35敗)。春1回、夏2回の優勝。現在は智弁和歌山名誉監督。

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2022年8月20日のニュース