チャレンジド・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~

土田和歌子 トライアスロン転向で8度目パラへ 恐怖の波にのまれて…だからこそ決めた

トライアスロンでの東京パラリンピック出場へ意欲を語る土田(撮影・吉田 剛) 
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 20年東京パラリンピック開幕まで、25日であと2年となった。陸上車いすなどで金3つを含む計7つのメダルを持つ土田和歌子(43=八千代工業)は今季からトライアスロンに転向した。今月6日には東京パラの実施種目に土田のクラス「女子車いす」の追加が決定。夏冬合わせて8度目のパラリンピックを目指すレジェンドが43歳にして新たな挑戦をスタートさせた理由を語った。

 8月6日、土田に朗報が届いた。国際パラリンピック委員会(IPC)は20年大会トライアスロンの実施種目に女子車いすの追加を発表した。

 「道が開けた、と思いました。採用されなかった場合も想定していました。目指すべき舞台があって、目標を定められるのはうれしい。半面、入らなかったクラスの選手のことを考えると、複雑な心境もあります」

 車いすマラソンの第一人者は今年1月、23年間取り組んだ陸上から離れることを表明した。16年リオデジャネイロ・パラリンピックでは首位に1秒差の4位だった。

 「リオでゴールした時は物凄く悔しかったけれど、過去2大会がふがいない結果だったので、走り切れたことやレース展開に満足感もありました。リオの後も、メジャーマラソンに挑戦する気持ちが強かった」

 11月のニューヨークシティ・マラソンに出場したが、思わぬアクシデントに見舞われる。寒さも影響して、ぜん息を発症。せきが止まらず、呼吸困難になり、25キロでリタイアした。

 「元々気管支が弱くて、風邪もひきやすかったけれど、ぜん息の発作は初めてでした。治療のために勧められて、始めたのが水泳です。以前からパラ翌年は他競技を練習に取り入れていて、ロンドンの後はボクササイズやボルダリングもしました。ハンドバイクにも興味があって、だったらトライアスロンだね、と」

 昨年はマラソンに向けた体力強化の目的で、トライアスロン大会に出場した。4、5月の2大会で連勝し、幸先のいいスタート。だが、9月のロッテルダムの大会でショッキングな出来事が起こった。

 「競技の面白さを感じ始めた時でした。海に漬かった瞬間、過呼吸になりました。これまで経験したことがない水温の低さで、波も高かった。恐怖心もありました。泳ぎだせず、そのまま引き上げられました」

 マラソンのトレーニングの一環で出場した競技で、身の危険を感じるほどの恐怖の体験をする。だが、それが土田のチャレンジ精神をかきたてた。

 「自分に向いているのか、続けていけるのか、悩みました。でも、スタートすらさせてもらえない競技なんてこれまでなかった。ショックを払しょくしたかった。これで終わりたくない、自分の可能性を広げたいと思って、転向を決めました」

 正式に転向を決断した今年は、世界シリーズで2勝している。最初のスイムでは出遅れるものの、バイクとランで逆転する勝ちパターンが出来上がりつつある。

 「優勝したレースも有力選手が全員出ていたわけではないので、まだまだのレベルです。苦手意識があるのがスイム。ハンドバイクとレーサー(ラン用の車いす)は共通する部分もあるけれど、乗る位置が前傾のレーサーと仰向けのハンドバイクでは全然違う。スキルの習得が必要で、トレーニングが忙しい」

 東京パラに出場することになれば、夏冬合わせて8度目のパラリンピックになる。2年後は45歳だ。

 「5年前に20年の開催が決まった時、まさかトライアスロンで目指すとは思っていなかったけれど、自分が選手である姿を想像してワクワクしました。挑戦に年齢は関係ない。きついと思うことはあるけれど、今の状況を受け入れることにしています。水泳を始めてぜん息もないし、体の調子は凄くいい」

 競技転向は2度目。アイススレッジスピードレースで金2つを含む4つのメダルを獲得した98年長野大会に続いて、国内で2度のパラリンピックを経験する異例のアスリートとなる。

 「98年は障がい者スポーツの過渡期でした。強化体制が整い始め、メダル量産につながりました。報道が増えたおかげで、街で声を掛けられたり、今までなかったことが生まれました。20年はさらに多くの方に知ってもらいたい」

 20年は現在小6の長男・慶将(けいしょう)くんも会場のお台場に応援に駆けつけるだろう。ママさんアスリートでもあるレジェンドの目標は明確だ。

 「目指すのは金メダルです。息子は“何で陸上じゃないの?”と言っていたけれど、今はトライアスロンを応援してくれている。生まれてからパラリンピックでいい成績を残せていないので、格好いい姿を見せたい」

 ▽パラトライアスロン 16年リオから正式競技になる。レースの距離は五輪競技の半分で、スイム750メートル、バイク20キロ、ラン5キロ。20年東京では8種目。車いす、視覚障がいのほか、運動機能障がいで比較的障がいの程度が軽いPTS5は男女双方を実施し、PTS4は男子、PTS2は女子だけを実施する。東京大会招致に尽力した谷真海(サントリー)の女子PTS4は採用されなかった。車いすの場合、ランは車輪を押して回す「レーサー」(競技用車いす)、バイクは手でペダルをこぐ「ハンドサイクル」をそれぞれ使用する。会場はお台場海浜公園。

 【土田和歌子のこれまで】
 ☆1974年 10月15日、東京都清瀬市で生まれる。
 ☆91年 高2の時、交通事故に遭い、車いす生活になる。
 ☆94年 アイススレッジスピードレースを始めて3カ月で日本代表になり、リレハンメル・パラリンピック出場。
 ☆98年 長野パラでは金2、銀2のメダル獲得。その後、アイススレッジスピードレースが実施競技から外れ、陸上に転向。
 ☆2000年 シドニーパラではマラソンで銅メダル獲得。
 ☆04年 アテネパラでは5000メートルで金メダル、マラソンで銀メダルを獲得。
 ☆05年 コーチを務める高橋慶樹さん(45)と結婚し、翌06年に長男・慶将くん出産。
 ☆08年 北京パラでは5000メートルでクラッシュに巻き込まれて途中棄権。肋骨を骨折し、その後のマラソンも棄権。
 ☆12年 日本選手団主将を務めたロンドンパラでは5000メートル6位、マラソンは中盤で転倒して5位。
 ☆16年 リオパラではマラソン4位。
 ☆17年 初トライアスロンの4月のアジア選手権で優勝し、5月世界シリーズ横浜大会も制した。
 ☆18年 トライアスロン転向。

[ 2018年8月25日 05:30 ]

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