パラ・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~
瀬立モニカ 夏冬“二刀流”の夢 18年平昌&20年東京で金を
初出場のリオデジャネイロ・パラリンピックで、カヌー女子カヤックシングル8位だった瀬立モニカ(18=筑波大1年)は早くも20年東京大会へ向けて動きだした。4年後のメダル獲得を目標に、五輪後も休まずにレースに出場。今冬はアスリートとしてのさらなる成長を求めてクロスカントリースキーに取り組む。そして18年平昌(ピョンチャン)冬季パラリンピックを目指す野望も明かした。(柳田 博、藤山 健二)
〜リオ涙の8位…パレード次こそ!!〜
リオで8位に終わったレース直後は涙に暮れた。決勝の舞台に立ったうれしさと最下位に沈んだ悔しさ。両方が入り交じった。あれから1カ月。瀬立は「今は悔しい方が大きいですね」とはっきり言う。
パラリンピックのメダリストたちは今月7日に五輪メダリストとの合同パレードに参加し、銀座で80万人から祝福された。「メダルを獲った選手と獲らなかった選手では、はっきり分けられる。テレビでパレードを見ると、あの人たちと一緒になりたいという気持ちになった。20年に向けて戦う覚悟ができました」。4年後のメダル獲得という目標が、より明確になった。
東京・宝仙学園高1年の13年6月、体育の授業中の事故が原因で車いす生活となった。4カ月の入院中に20年東京大会の開催が決まったが、スポーツができるなどとは考えられなかったという。
〜事故1年後転機 体動かす喜び再び〜
江東区立深川一中時代に同区が設立した合同カヌー部に所属していた。その縁で、高2の6月、江東区カヌー協会の関係者にパラカヌーを誘われた。最初は「こんな体でできません」と断っていたが、熱心に勧誘され「(川に)落ちるところを見せて、断ろうと思った」と軽い気持ちで練習場に行った。ところが、思いのほかうまくカヌーに乗れた。「自分にもできるんだ」。体を動かす喜びに再び目覚めた。
幼い頃から水泳に親しみ、中学時代はバスケットボール部にも所属しており、もともと運動神経は抜群。すぐに頭角を現した。今年5月にドイツで行われたパラリンピック最終予選会では当初11位で上位10人までに与えられる出場権を逃したと思っていたが、後日失格者が出て繰り上がりで切符を手にした。
〜リハビリの延長 今は「凄いところ」〜
パラリンピックのことは「言い方は悪いけれど、リハビリの延長線でしょう」と甘く考えていた。だが、出場してその考えは大きく変わった。決勝では7位に5秒以上の差をつけられる断然の最下位。「思っていた以上に差が大きかった。海外の選手は5月の予選会から2倍、3倍にパワーアップしていた。凄い人がたくさんいた」。そこはアスリートが4年間の全てを注ぐ真剣勝負の舞台だった。
レース以外も刺激に満ちていた。開会式では入場の際にスタンド全体から大歓声を浴び「最高でした。こんな世界があるのか、と」と興奮で心が震えた。選手村で出会った他国の選手には驚かされた。「日本人と違って、みんな自分が大好きで、自分に自信を持っている。髪形を格好良くキメて、きょうの俺どう?って聞いてくる選手もいました。まずは自分を好きになることから始めないといけない」と前向きな気持ちをもらった。今はパラリンピックを「凄いところ」と表現する。
〜シットスキーで体幹鍛え技術改良〜
リオから帰国して4日後にはウズベキスタンに向かった。パラカヌーはまだ国内外合わせて年間3、4つの大会しかない。「試合経験を踏むことが大切」とアジア選手権に出場して優勝した。すでに気持ちは20年東京大会へ向いている。
取り組むべき課題は山積みだ。一般的にカヌーではパドルを入れた側に体重を乗せると推進力が増すが、腹筋から下に力が入らない瀬立は上体が倒れるのを恐れて逆方向に体重をかけてしまう。力は逃げ、パドルは水中浅くしか入らない。リオのように風や波のある会場では特にスピードが出ない。「世界のトップは体の軸がしっかりしている。こぎ方を変えないといけない」とトレーニングとシートなど装具の工夫で、技術改良を目指していく。
体力トレーニングはこれまではケガする前の体に戻すことが主目的だったが、今後は競技用の体づくりに励む。そのために、この冬は他競技にも挑戦する。「クロスカントリーをやります」。本格的に座位で行うシットスキーに取り組み、上半身と体幹を鍛える。昨冬も日本障がい者スキー連盟から誘いを受けて競技会に参加していた。「あわよくば平昌に行きたい」と18年冬季パラリンピック出場も狙っていく。
パラ競技を始めてまだ2年。18歳ののびしろはたっぷりある。海外では夏冬二刀流は珍しくない。大学生活を送りながらの超ハード日程も覚悟している。4年後へ向け「銅メダルを目指して金メダルは獲れない。金メダルを目指します」と力強く誓う瀬立。表彰台の真ん中に続くルートと信じて、平昌経由で東京に挑んでいく。
【背景】
高校1年の6月、体育の授業中、倒立前転でバランスを崩して脳と胸椎を損傷した。「外傷性脳損傷、中等度両下肢麻痺(まひ)、体幹機能障がい」で、腹筋や下半身を使うことはできず、車いす生活となった。カヌーは腕の力だけでこぎ、クラスは最も重いL1。支えなしに座ることも難しいため、筋力トレーニングの際には後ろから抱えてもらうサポートを必要とする。ただ症状が固定しているわけではなく、ケガした直後に10キロ前後だった両手の握力は今夏には約20キロとなった。カヌーにはパラリンピックのメダル獲得とともに体の機能回復を目指して取り組んでいる。
【支援】
瀬立を中学生の頃から心身両面で支え続けているのが株式会社オーエンスのスポーツ事業部に勤める西明美コーチ(47)だ。同社はスポーツ施設の運営・管理から専門スタッフの派遣までトータルで支援する独自の体制を整えており、日体大時代にインカレ女王に輝くなどトップ選手として活躍した西コーチも江東区からの依頼を受けて「江東ジュニアカヌークラブ」の指導員として派遣された。そこで出会ったのが瀬立だった。
当時の瀬立はバスケットボールとの二刀流で「カヌーはヘタだったけど、陸上での運動能力は高かった」という。障がいを負ってからは瀬立の体に合わせた筋力トレや水上練習の方法を考案し、リオの大舞台へ導いた。今後は学業優先で週末の指導が中心になるが「東京ではメダルを、それも一番上のメダルを獲らせてやりたい」と意気込んでいる。
【競技】
〜3カテゴリー 東京は2種目〜
パラリンピックのカヌー競技は東京ではカヤックとヴァーの2種目が行われる予定だが、初めて採用されたリオでは男女ともカヤック部門のみが実施された。カヤックは両側に水をとらえるブレードのついたパドル(かい)を左右交互にこいで前に進む。200メートルのスプリントで争い、カヌーの先端がフィニッシュラインを通過した時点でゴールとなる。障がいの程度に応じてL1(胴体が動かせず肩の機能だけでこぐ)、L2(胴体と腕を使ってこぐことができる)、L3(足、胴体、腕を使うことができ、力を入れて踏ん張るか腰を掛けて艇を操作できる)に分かれている。
〜リオでも風や波あった 「私的には」海の森希望〜
見直し問題が浮上している20年東京大会のボート・カヌー会場「海の森水上競技場」は瀬立の自宅から車で15分の場所。「風、波、海水の問題が出ているけれどリオも風や波が凄かった。変わらないと思う」と選手の立場として問題ないと主張。地元でレースすることが大きなモチベーションとなっているだけに「東京じゃなくなると、多くの方に応援に来てもらえなくなるし、私的には困ります」と予定通りの東京開催を訴えた。
【現状】
瀬立が8位に終わったリオ五輪で金メダルを獲得したのは英国のチッピングトン(46)で、タイムは58秒760。瀬立とは10秒433もの大差がついた。銀メダルはドイツのムラー(32)で銅メダルはポーランドのクーバス(33)。4位にチリの選手が入っているが、その他はいずれも欧米の選手で、特に欧州勢が圧倒的に強い。パラリンピックのカヌーはリオから初めて採用されたこともあって他競技から転向してくる選手が多く、東京までの4年間でさらにレベルが上がる可能性が高い。
【略歴】
☆生まれ 1997年(平9)11月17日、東京都江東区生まれ。
☆名前の由来 「モニカ」は母・キヌ子さんのクリスチャンネーム。キヌ子さんは「海外でもすぐ覚えてもらえるように。(“モニカ”でデビューした)吉川晃司が好きだからではないですよ」。
☆練習 月〜金曜日は筑波大で寮生活し、水泳やウエートトレーニング。土、日は東京都江東区の自宅に帰り、旧中川でカヌーに乗る。東京―筑波間はマイカーで移動している。
☆好きな食べ物 栗蒸しようかん。「栗が好き。最近ハマってます」
☆好きな異性のタイプ 「優しい人。私をお姫さま抱っこしてくれる人」
☆サイズ 1メートル65.5、55キロ。
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