パラ・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~
パラアーチェリー上山友裕 満員の会場で金メダルと観客の心“射抜く”
チャレンジド・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~
日本で金メダルに近いのは、車いすテニスや車いすラグビーだけではない。現在世界ランク2位につけているパラアーチェリー男子リカーブの上山友裕(32=三菱電機)も虎視たんたんと頂点を狙っている。6月の世界選手権で6位となり代表に内定。16年リオ大会で7位に終わった経験を糧に、日本のエースアーチャーが世界に立ち向かう。(小田切 葉月)
◆前回悔しさだけ7位 空港に報道陣はゼロ
「ベスト8以上」を掲げて臨んだ初出場の16年リオ大会では7位入賞。目標を達成したが、上山が感じたのは悔しさだけだった。予選を全体4位で通過し「予選が終わった時点からメダルしか見えていなかった。もし獲れたら安倍首相と何話そうとか、そういうことしか考えていなかったです」と振り返る。
しかし、準々決勝で予選5位のイラン選手に敗れた。さらにその選手が金メダルを獲得した。追い打ちをかけたのはパラリンピック入賞者として帰国したにもかかわらず、空港に報道陣が誰もいなかったこと。「メダルを獲った陸上の選手団も同じ日に帰国していて、みんなそっちに行ってました」。メダリストと入賞者の差を感じた経験が、メダルを狙う原動力になっている。
ラグビーの聖地・花園で生まれ育った上山は、小中学生のときはラグビーに打ち込んだ。小学生ではフォワード全般、中学生ではスクラムハーフを任された。「(スクラムハーフは)指令を出すのが楽しそうでやってみたけど、適性がなかったから全く活躍できなかったですね」と苦笑いを浮かべる。
初めて弓を持ったのは大学1年の時。高校の同級生に誘われ、多数のオリンピアンを輩出する同大アーチェリー部に入部した。遅い競技開始だったが、めきめきと上達。高校時代に国体に出場した選手を抑え、2年生からレギュラー入り。3年生のときにはインカレにも出場した。卒業後、食品会社に就職した後も趣味程度にアーチェリーを楽しんでいた。だが、少しずつ足の感覚がまひしていった。原因不明の両下肢機能障がい。11年にパラの世界に飛び込んだ。
◆車いす転向後の支え 3歳下の末武コーチ
ルールは健常者のアーチェリーと同じ。しかし、車いすに座って打つため、視界が異なる。見上げて的を打つ感覚に最初は戸惑いもあった。そんな上山にとって心強いのは末武寛基コーチの存在だ。近大時代に世界選手権などに出場し、12年ロンドン五輪の代表最終選考まで残った同氏に転向後本格的に師事。「同志社大学の中での狭い世界で考えていたアーチェリーが一気に広くなった。ここまで教えてくれる人は他にいない」。パラの指導こそ初めてながら世界のアーチェリーをよく知る3歳下のコーチからフォームなど細かいアドバイスをもらう。末武コーチは「リオが終わってからずっと金メダルって言っている。最初は高い目標だと思っていたけど、実現可能な目標になりつつある。獲れると思います」と上山の成長を実感している。
上山の最大の目標は「満員の会場で金メダルを獲る」こと。16年リオ大会で、予選下位だったブラジル選手が、会場の声援に後押しされて4位になった光景が忘れられない。自国開催の大会を前に「そういうことが東京では起こせるし、自分の番だと思っている」と語る。「僕の試合を見に来る人には、僕と同じ気持ちになって一緒に戦ってほしい。勝ったら一緒に感動してほしいし、負けたら一緒に悔しがってほしい」。会場の一体感が力になると信じている。
今年の世界選手権では、東京パラ代表内定が懸かった勝負の場面で自身初の30点満点を叩き出した。「会場もどーんと盛り上がるし、あれを東京の最後でやりたいですね」。すでに上山の頭の中には、大歓声の中で金メダルを掲げる青写真が描かれている。
20年東京パラのアーチェリー競技初日である8月28日は、上山の33歳の誕生日。「伝説の誕生日にしてやりますよ」。悲願の金メダルを狙い射(う)つ。
【背景】
社会人1年目に原因不明の両下肢機能障がいの診断を受けた。「社会人になりたての頃から、だんだんと足が悪くなっていて。最初は走りにくい感じだったから運動不足かなって思っていた」。冬ごろには“走りにくい”が“走れない”に変わった。歩くときに足が上がらず、内股ですり足のように移動する。まひのため力が入らず、力を入れようとすると痙性(けいせい、手足のつっぱりなど)が出るようになった。
重い障がいという実感はなかったが、11年にパラへの転向を決めた際に障害者手帳を入手。「(上から2番目に重い)2級の判定を受けて、俺ってこんなに重い障がいだったのかって驚きました」。リオ大会までは松葉づえを使っていたが、以降は車いすで生活する。「松葉づえだと手首のケガとか転倒の危険がある。それは困るから車いすを選びました」。原因の分からない障がいと真摯(しんし)に向き合い、競技で高みを目指している。
【支援】
大学卒業後に就職した会社では情報システム関連の仕事を担当。残業の多い平日は練習できず、土日を練習時間に充てるが、体の休まらない日々が続いた。日本代表の合宿は有給休暇を使って参加していたが、全日程の参加はできなかった。国内ではトップレベルでも、世界で通用しないことに悩んでいた時期に手をさしのべてくれたのが三菱電機だった。当時は「やっと僕のことをアスリートとして考えてくれる会社が声をかけてくれたか」と胸をなで下ろした。
14年から所属。現在は日本代表の活動にもフル参加できる。練習もほぼ毎日、納得の行くまで矢を打ち込めるようになった。さらに国際大会出場にかかる遠征費も補助が出るため「金銭面と練習量の補助をしてもらえるのはありがたい」と感謝する。
【競技】
第1回パラリンピックである1960年ローマ大会からアーチェリーは正式競技。「リカーブ」、「コンパウンド」、「W1」の3部門に分かれている。全部門で男女別の個人戦と、男女各1人による混合戦が行われる。
パラアーチェリーで使用する弓は2種類。弦を引く力が弱くても矢を放てるように滑車が付いたコンパウンドは直径48センチの的までの距離は50メートル。一般的な弓であるリカーブは直径122センチの的までの距離が70メートルで、健常の選手と条件は変わらない。そのため、パラの選手が五輪代表に選ばれるケースもある。「W1」は四肢に障がいを持つ選手が対象で、どちらの弓を用いても構わない。自らの障がいに合わせた工夫も見どころの一つ。12年ロンドン・パラに出場したマット・スタッツマン(米国)は、脚で弓を支え、口で矢を放つスタイルで銀メダルを獲得した。
【現状】
日本は第2回パラリンピックである1964年東京大会に初出場以降、16年リオ大会まで連続で選手を送り出している。これまで金5個、銀12個、銅9個と計26個のメダルを獲得してきたものの、08年北京大会の神谷千恵子(女子コンパウンド)の銀メダル以降はゼロ。上山には日本勢3大会ぶりのメダル獲得の期待がかかる。
競技人口は少ない。練習場所の確保や、指導者不足が主な原因として挙げられ、上山は「日本では選手が育っていない」と警鐘を鳴らす。
ロシア、中国が強く、米国やイラン、韓国が追う。注目は女子リカーブ3連覇を狙うイランのザハラ・ネマティで、16年リオ五輪にも出場している。
【略歴】
◇上山友裕(うえやま・ともひろ)
☆生まれ 1987年(昭62)8月28日、大阪府東大阪市出身の32歳
☆サイズ 1メートル80、67キロ
☆学歴 同志社香里高→同大
☆好きなタレント 井上真央
☆好きなラグビー選手 WTB福岡堅樹。「対談できたらしてみたいですね」
☆主な戦績 15~17年全国身体障害者アーチェリー選手権大会3連覇、18年アジアパラ個人9位、混合団体2位、19年世界選手権6位
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