パラ・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~
藤本怜央 車いすバスケ主将が挑む“もう一つ”のブンデスリーガ
サッカーだけがブンデスリーガじゃない。車いすバスケットボール界にもドイツ・ハンブルガーSVで活躍する選手がいる。日本代表の主将、藤本怜央(31=SUS)だ。昨年9月に単身ドイツに渡り、チームの主力として奮戦。来年のリオデジャネイロ・パラリンピック大会出場権を懸けた「アジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」(10月10日開幕、千葉ポートアリーナ)でも本場仕込みのスーパープレーでチームを引っ張る。
~10月“予選”意欲~
車いす同士が激しくぶつかり合い、時には派手に床に叩きつけられることもある。ゴールを連発する藤本は常に相手の標的となる。だが動じない。相手ディフェンスをなぎ倒すような迫力で、それでも得点を積み重ねていく。「ハイアベレージで得点をすることが主将としての自分の役割。藤本に渡れば必ず得点につながるという存在感を示したい」
~昨年に単身渡独~
国内では無敵の存在だ。所属する宮城MAXは日本選手権7連覇中。藤本自身も10年連続で得点王に輝いている。そんな王者をより高いレベルへと誘ったのは、昨年7月の世界選手権(韓国・仁川)だった。長年にわたってアジア王者に君臨していた日本は、そこで韓国に初めて敗れた。9位に終わった12年のロンドン・パラ大会後、リオでのメダル獲得を目指して練習を続けてきた藤本には衝撃だった。このままではリオどころか、アジア王者からも滑り落ちてしまう。藤本にとってはその屈辱が「もう一度自分を見つめ直す」きっかけになった。「世界を相手に戦う中で、このまま国内でトレーニングを続けることと、常に世界の中でもまれながら自分を磨き上げていくことと、どっちがいいのか。そう考えた時に、結論は一つでした」。ちょうど同じ代表チームの香西宏昭が前年にドイツに渡っていたこともあり、ハンブルガーSVへの移籍が決まったのは昨年9月のことだった。
ドイツでの生活は驚きの連続だった。いきなりプロ契約選手として1LDKのアパートを与えられた。しかも家賃や光熱費は無料。障がい者スポーツの先進国、ドイツでの待遇は日本とは比べものにならなかった。週末はホーム&アウェーで試合が行われ、合間にカップ戦もある。バスで10時間の移動は当たり前で、文字通り「24時間バスケット漬け」の毎日が続いた。言葉も分からず、土地勘もない。食事は自炊。だが、「つらいことも全て楽しいと思えるほど充実していた」という。
~過酷プロで成長~
試合会場はどこへ行っても満員。好プレーには惜しみない拍手が送られるが、凡プレーには容赦なくブーイングが浴びせられる。結果が全ての本場の厳しさは藤本を精神的にも大きく成長させた。シーズンを終え、4月に帰国した時、体重は20キロも減っていた。ただ痩せたわけではなく食事と筋力トレーニングで意識的に落とした。その結果、切れとパワーを両立させた対外国人用の体が出来上がった。
「日本なら自分が一番大きいので手を上げればボールは安全に確保できる。でもドイツではみんな自分より大きい。その中で、シュートの時は利き手とは反対に相手を背負うように動いたり、ディフェンスの時はどこへ入り込めば相手がシュートを打ちにくくなるのか研究した。その経験は必ずリオの予選会で生きると思います」
小学3年の時に交通事故で右脚の膝から下を切断した。義足でサッカーやバスケットボールを続けたが、やはり健常者には勝てない。挫折しそうになった時、車いすバスケットと出合った。東北福祉大1年の時だった。翌年に19歳で日本代表入り。以後はとんとん拍子で日本のトップに上り詰めた。「一瞬の不幸から逆にたくさんの幸せをつかんだと思います。リオ、そして次の東京を目指す中で一分でも一秒でも無駄にしたくない。今だからこそ、人生を懸けて頑張りたい」。リオを目指す日本の命運はこの頼もしい男にかかっている。
【背景】
小3の時、自転車で砂利道を走っている時にバランスを崩し、後ろから来たダンプカーにひかれた。右脚の膝から下を切断する重傷を負い、約1年間入院生活を送った。その間、担任の先生は毎日病室を訪れ、クラスの他の生徒に藤本の様子を詳しく説明してくれた。そのおかげで退院後も事故前と同じような学校生活が送れ、気持ち的には前向きだったという。
もともとサッカーが好きだったが、義足でのプレーには限界がある。だが、藤本はどこまでも前向きだった。「足が使えないなら手を使えばいい」という両親の勧めでバスケットボールを始めたのは小5の時。東北福祉大入学後に車いすバスケットに転向し、日本代表へのスタートを切った。
【支援】
昨年末に10年以上の交際期間を経て優夫人(28)と結婚した。優さんは藤本が所属する宮城MAXのマネジャーで、公私ともに藤本を支えている大切な存在だ。24時間バスケットボール漬けの毎日を送る藤本だが、家の中ではほとんどバスケットの話はしないという。もちろん交際期間が長かった分、言葉はなくても気持ちはすぐに伝わる。年明けすぐにドイツに戻らなくてはならなかったため式は挙げず、今年5月にあらためて披露宴を行った。そして先週には新婚旅行でハワイに行ってきたばかり。「家族ができて気持ちも変わった。優のためにも、絶対にリオに行く」と燃えている。
【競技】
1チーム5人の選手が、一般のバスケットボール競技と同じ高さのゴールにボールを投げ入れて得点を競う。10分のピリオドを4回行い、車いすを使用する以外の基本的なルールは一般のバスケットボールとほとんど変わらない。選手は障がいの度合いに応じて4クラスに分けられ、重い方を1.0とし、4.5点までの持ち点が与えられる。コート内で同時にプレーできるプレーヤーの持ち点には制限があり、合計14.0点を超えてはならない。藤本の持ち点は4.5点。車いすはフットレストの高さが11センチ以下、シートの高さは1.0点~3.0点のプレーヤーは63センチ、3.5点~4.5点のプレーヤーは58センチと決められている。
【現状】
アジアオセアニア地区のリオデジャネイロ・パラ大会出場枠は「3」で、その狭き門をめぐって12チームが「アジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」(10月10~17日)で争う。今回の出場国の中では日本とオーストラリア、韓国、イランが4強を形成しており、実質4カ国で3枠を争うことになる。このうちオーストラリアは実力的にも頭一つ抜き出ており、日本は韓国、イランに勝つことが絶対条件になる。イランには昨年のアジア・パラ大会で勝っているが、韓国には昨年の世界選手権とアジア・パラ大会で連敗しており、韓国戦が日本にとって最大のヤマ場となりそうだ。
【略歴】
▼藤本 怜央(ふじもと・れお)
▼生まれ 1983年(昭58)9月22日、静岡県島田市。
▼経歴 島田工から東北福祉大。卒業後は宮城県職員として勤務も、競技に専念したいと希望し、14年4月から地元静岡のSUSに入社。SUSは「アルミを進化させる」会社として知られる。
▼雇用形態 障がい者アスリート雇用制度を利用し、競技が中心の生活。会社の仕事は講演などが多い。
▼食事 筋力強化のため、炭水化物とタンパク質が中心。油は減らし、炒め物より蒸す、ゆでるが中心。
▼武器と弱点 峰村コーチによれば特長は「長い手足と負けず嫌い」。一方で左右のキックのバランスを取るために体幹の強化が課題。
◆チャレンジド・アスリート 障がいを持ちながら、自己の能力の限界に挑戦し、競技者として戦い続けるアスリート。
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