パラ・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~
安達阿記子 「ゴールボール」世界最強ジャパンの“ストライカー”
来年に迫ったパラリンピック・リオデジャネイロ大会で、もっとも金メダルに近い位置にいるのがゴールボールの女子日本代表だ。12年のロンドン大会では日本の団体競技史上初の金メダルを獲得。リオでも持ち味の堅い守りを武器に連覇を狙う。チームの得点源として活躍する安達阿記子(32)にとっては今回が3度目のパラリンピック。9年間の競技人生の思いを込めて、重さ1・25キロのボールを相手ゴール目がけて思い切り投げ込む。 (藤山 健二)
~14歳で右目 19歳で左目視力を失う~
2015年は試練の年だった。5月のワールドゲームズ(韓国・ソウル)で日本はライバルの中国に0―1で敗れ、準々決勝で敗退。上位2カ国に与えられるリオ切符を獲得することができなかった。連覇どころか、このままではリオに行けないのではないか。一時は精神的に追い詰められ、どん底まで落ちたが、11月のアジアパシフィック選手権(中国・杭州)決勝で同じ中国に1―0で雪辱。何とか最後の切符をもぎ取った。その試合で貴重な決勝ゴールを決めたのが安達だった。
「決まったのはライトサイドからのクロスボールでした。早い段階で点が入ったので、とにかくその後は守りに入らないように気持ちで攻め続けたのがよかったと思います」
視覚障がい者の球技のゴールボールはアイシェードと呼ばれる目隠しを着用し、鈴の入ったボールを転がして相手のゴールを狙う。コートに入れるのは1チーム3人。どこへ投げても相手の体に当たる可能性が高いため、ただ強いボールを投げるだけではなく、緩急をつけたりスピンを掛けたり、「見えない中での心理戦」(安達)が繰り広げられる。堅い守りが持ち味の日本チームの中で「世界の5本指に入る」といわれる安達の得点力は大きな武器だ。
14歳で右目に黄斑(おうはん)変性症を発症。視野の中央部分が全く見えなくなった。さらに19歳の時に左目にも同じ症状が表れ、やはり視力をほとんど失った。失意の中、06年にあん摩マッサージ指圧師の資格を取得するために通っていた福岡の「国立福岡視力障害センター」で出合ったのがゴールボールだった。名前は聞いていたが、実際に見るのは初めて。勧められるままに目隠しをしてコートに入ったが、最初は「恐怖を感じた」という。視野の真ん中は見えないが、周囲にはまだ見える部分も少しある。普段は普通に歩き、電車に乗ったりもしていたので「全く見えない状態で動くのは初めて。自分がコートのどこにいるのか、ボールがどこにあるのか全く分からず不安で不安で怖い」と感じたのも無理はなかった。だが、全盲の選手たちが巧みな動きでゴールを決めるのを見ているうちに「自分にできないのがだんだん悔しくなってきた。何でできないんだろう。もっと練習すればできるようになるんじゃないか」といつの間にかのめり込んでいった。
~ロンドンで“Vゴール”~
もともと厳しい練習は苦手な性格。「試合の時だけ頑張ればいいや」と軽く考えていたが、やがてそれでは全く上達しないことに気がついた。基礎練習を繰り返し、課題を一つクリアするとまた次の課題に取り組む。そうこうしているうちに「きつい練習もきついと感じない」ようになり、1年後の07年には早くも世界選手権(サンパウロ)に出場。08年にはパラ・北京大会の代表メンバーに名前を連ねた。物おじしない性格でここ一番に強く、12年のパラ・ロンドン大会では決勝の中国戦で値千金のゴールを決めて1―0の勝利に貢献。見事、日本を金メダルに導いた。
ベテランの浦田理恵(38)を中心とした堅い守りで失点を防ぎ、安達がゴールを奪う。この必勝パターンが決まればリオでの連覇も見えてくる。「まずは代表メンバーに入ること。そしてリオでもう一度金メダルを獲ること。そのために一日一日を大切に過ごしたい」。試練の年は終わり、夢と希望に満ちた2016年へ。安達の夢物語はまだまだ続く。
【背景】
~機能訓練の過程で競技と出会う~
安達は14歳の時に右目に、19歳の時に左目に黄斑変性症を発症した。網膜の毛細血管が何らかの原因で詰まり、代わりに発生した新生血管が破れて出血する病気で、視界がゆがんだり、部分的に見えなくなることが多い。出血が多いと失明することもあるが、安達は中心部の外側に見える部分が若干残っており、弱視の状態だ。通常は高齢者が発症する場合が多く、「滲出(しんしゅつ)型加齢黄斑変性症」に対してはips細胞を使った新たな治療法の臨床研究が行われている。福岡市西区の「国立福岡視力障害センター」では視力に障がいがある人を対象にあん摩マッサージ指圧師などの養成や日常生活を送るための機能訓練を行っており、安達はその過程でスポーツとしてのゴールボールに出合った。
【支援】
~光を失い、心を閉ざした私を奮い立たせてくれた母の言葉~
安達は「ゴールボールのおかげで世界一になるという大きな夢を与えてもらって、いろいろな人にも出会えた。みんなに支えてもらったからこそ今の自分がある」と言い切る。チームメート、会社の同僚…みんなに助けられた。中でも一番の支えはやはり最愛の母だった。19歳で両目の視力をほとんど失った安達は、ショックのあまりしばらく自宅に閉じこもったままになった。そんな愛娘に母は「いつまでダラダラしているつもりなの。私の方が先に死ぬんだから、あんたをずっと世話してやることはできないんよ。自分で何とかしなさいよ」とあえて厳しい言葉を投げかけたという。「黙って面倒を見てくれる優しいお母さんだったら、たぶん今の私はいなかったでしょうね。あの言葉のおかげでもう一回頑張ろうという気持ちになれました」と今でも感謝している。
【競技】
~1チーム3人で目隠しを着用 鈴入りボール交互に投げ合う~
「アイシェード」と呼ばれる目隠しを着用した1チーム3人の選手同士が鈴入りのボール(重さ1・25キロ)を交互に転がすように投げ合い、得点を競う。コートは18×9メートルでバレーボールとほぼ同じ大きさ。ゴールはコートと同じ幅9メートルで、高さは1・3メートル。幅5センチのラインには全てたこひもが通してあり、選手は手で触って自分の位置を確認することができる。試合時間は前半、後半各12分で、間にハーフタイムが3分ある。
【現状】
~世界が堅守・日本を研究~
12年ロンドン大会で日本チームの主将を務めた小宮正江は大会後に引退。主力として活躍した安達と浦田は健在だが、ロンドンを経験した若手の欠端瑛子(22)、若杉遥(20)らがどこまで底上げできるかが連覇への鍵となる。実際、3人が前に出て横一線で守る日本の戦術は他国に徹底的に研究され、14年7月の世界選手権(フィンランド・エスポー)はまさかの4位、10月のアジア大会(韓国・仁川)も3位、昨年5月のワールドゲームズ(韓国・ソウル)も準々決勝で敗れて6位に終わっている。アジアパシフィック選手権では中国に辛勝したものの、トルコやイランなども力をつけており、持ち味の守りに安達の攻撃力をどう絡めるかがポイントになりそうだ。
【略歴】
▼安達 阿記子(あだち・あきこ)
▼生まれ 1983年(昭58)9月10日、福岡県八女市の32歳。久留米信愛女学院高卒
▼サイズ 1メートル60、54キロ
▼所属 埼玉県所沢市の国立障害者リハビリテーションセンター内にある「国リハLadiesチームむさしずく」の一員
▼仕事 09年にヘルスケア事業やスポーツスクールの運営などを行うリーフラス株式会社(本社東京・日本橋)に入社。選手としての活動の合間に講演会や体験会などでゴールボールの普及に努めている
▼趣味 ピアノ
▼食事 好きな食べ物はカレー、嫌いなものはマーマレード
◆チャレンジド・アスリート 障がいを持ちながら、自己の能力の限界に挑戦し、競技者として戦い続けるアスリート。
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