パラ・アスリートの軌跡 ~障がい者スポーツ~
車いすバスケ古沢拓也 日本初パラリンピック表彰台へ海外挑戦へ 夢へと続く放物線
車いすバスケットボール男子に新星が現れた。22歳の古沢拓也(桐蔭横浜大、パラ神奈川SC)は昨年6月のU―23世界選手権で日本代表の主将を務めてチームを4位に導き、昨季からフル代表でも活躍中だ。3点シュートを得意とする司令塔は、20年東京パラで初のメダル獲得を目指す日本のかじ取り役を務める。(柳田 博)
一見きゃしゃな体から放たれるボールは不思議なほどに伸びていく。古沢が放つ3点シュートは、高い放物線を描いて次々とリングに沈んでいく。今月上旬に開催され、日本が初優勝したワールド・チャレンジ・カップでもドイツ戦で2本、カナダ戦で2本を決めた。
車いすバスケのルールは一般のバスケとほぼ同じだ。コートやボールのサイズ、ゴールの高さも変わらない。3点シュートラインもゴールからの距離は6メートル75で同じだ。ジャンプしたり、下半身の力を使うことのない車いすバスケでは、3点シュートはそう簡単に打てるものではない。これまで日本代表では香西宏昭、藤本怜央らパワーのある数人しか使い手はいなかった。
古沢は自身の3点シュートの技術と感覚を「僕は力を入れて打っていない。肩甲骨が柔らかいので、腕が伸びて、ボールを飛ばせる。リングを見て、そこに目掛けてピョンという感じです」と説明する。参考にするのはNBA王者ウォリアーズのステフィン・カリー。古沢と同じように細身ながら、遠い距離から3点シュートを次々と決めるポイントガードだ。「ボールを力強く押し出すのではなく、はじく感じで打つ。どんどんまねしています」。そのカリー流の長距離砲は、今や日本に欠かせない武器となっている。
小学生まで野球少年だった。先天性の二分脊椎症。将来的に大きな障がいになる可能性は理解していたが、幼い頃は生活に不自由はなく、放課後は毎日友人と白球を追った。「野球が好きで、中学ではシニアリーグに入るつもりでした」。だが、小6の秋に脊髄の空洞症が見つかった。病気の進行を止めるために手術し、車いすでの生活になった。
母親の勧めで始めたのは車いすテニスとバスケ。最初にジュニアの代表で海外遠征したのはテニスだったが「野球をやっていたので、チームスポーツの方が面白かった」と次第にバスケにのめり込んだ。持ち前の運動センスを発揮して、高1でU―23日本代表に選ばれ、高2からフル代表の選考合宿にも呼ばれるようになった。
順調なステップアップだったが、高3の時に「挫折感を味わった」。2歳下の鳥海連志がU―23代表を飛び越えて一気にフル代表入りしたのだ。先を越された古沢は「連志は見るたびにうまくなっていって、差を感じた。凄く悔しくて、嫉妬もした」。差を埋めるために練習に没頭した。それまで練習は週2、3回だったが、毎日体育館に通った。鳥海から練習メニューを聞き出し、「連志のシュート練習が1時間なら、僕は2時間、連志の走り込みが50本なら、僕は100本」と2倍の努力を心掛けた。
16年リオ・パラリンピックで鳥海が代表入りしたのに対し、古沢は代表に届かなかった。だが、着実に力をつけていった古沢はその翌年大ブレークする。昨年6月のU―23世界選手権で攻守にフル回転し、4強入りに貢献した。優勝した英国と1次リーグで対戦した際には、2点差を追う第4Q残り29秒で、逆転3点シュートを決めた。この試合で3点シュートは計8本打って5本成功。「チームの勝利に関わる時間帯に3点シュートを決めたことが自信になった」。大会後にはドイツ、スペイン、イタリアのチームからオファーも届いた。以前は1試合で数本だった試投数は、今では10本を超えることも珍しくない。3点シューターとして目覚めた。
ゲームコントロールや守備力も認められて、昨季からフル代表に定着している。東京パラまで2年。「チームとしての目標は金メダル以外ない。個人としては中心選手として20年を迎えたい。そして大学を卒業したら、海外に挑戦したい」。常にゴールを狙う視線の先には世界の舞台を捉えている。
【競技】
車いすバスケでは障がいの軽い選手だけでなく、重い選手もプレーできるように、クラス分けシステムが導入されている。選手は障がいの程度に応じて、最も重い1・0点〜最も軽い4・5点まで、0・5点刻みで持ち点が与えられる。常にコート上の5選手の合計持ち点は14点以内でなければならない。古沢のクラスは「3・0」だ。
また、一般のバスケでボールを持って3歩以上歩くとトラベリングで相手ボールとなるのと同様に、車いすバスケでもボールを持ってのプッシュ(車いすを手でこぐこと)は連続2回までで、3回以上はトラベリングとなる。一般のバスケの「ダブルドリブル」(ドリブルをやめて一度ボールを保持すると再びドリブルをつくことはできない)は車いすバスケにはない。
【背景】
二分脊椎症は背骨の形に異常があって、背骨の中の脊柱管にあるべき脊髄神経が骨の外にあるために、神経障害が起こる病気。古沢は幼い頃は「障がいはあったけれど、生活に困る不自由はなかった」という。小6の10月に受けた定期検診で、脊髄の空洞症が見つかった。「手術をすれば両下肢麻痺(まひ)がより強く出る、手術をしないと進行して手にも麻痺が出ると言われた。手術する選択しかなかった」。1月に手術をして、歩行困難になったため、3学期の終わりから車いすで学校に通うようになった。そして母親の勧めで参加した障がい者施設「横浜ラポール」での体験会で、車いすバスケに出合った。
【支援】
古沢は今年4月に3年間通った神奈川大から桐蔭横浜大2年に転入した。「学業と競技の両立が難しい」と感じ、よりサポートが充実し、スポーツについて学べる桐蔭横浜大スポーツ健康政策学部を選んだ。
現在、大学院生の絹村広誠さんが中心となって、8人の学生で古沢のサポートチームを結成。毎朝7時から、約2時間の個人練習ではパスの配給役やタイム計測などを行う。また、アスレチックトレーナーもおり、授業後は筋力トレーニングを補助している。絹村さんは「将来、障がい者スポーツの指導員を目指す学生もいるので、僕らにとっても勉強になる。ウィンウィンの関係です」と話した。
【現状】
2年前のリオ・パラリンピックで、日本男子は過去最高だった08年北京7位を超える6位を目標に掲げていたが、2大会連続の9位に終わった。リオ大会後は選手のフィジカル強化に力を注いでいる。プレーではオールコートの守備から速攻を武器としたアグレッシブなチームに進化中で、機動力のある古沢は重要な戦力だ。
今月上旬に20年東京パラの本番会場である武蔵野の森総合スポーツプラザで開催された「ワールド・チャレンジ・カップ」で、日本は12年ロンドン・パラ銀メダルのオーストラリアに2勝するなど全勝で初優勝した。チームの東京パラでの目標は金メダル。新たなスタイルがどこまで通用するか、8月の世界選手権(ドイツ・ハンブルク)で試される。
【略歴】
☆生まれ 1996年5月8日、神奈川県横浜市出身
☆趣味 スイーツ店巡り。抹茶スイーツが好きで「調べて車で食べにいく。静岡まで行ったこともある」。
☆好きなバスケ選手 NBAではウォリアーズのカリーとセルティクスのカイリー・アービング。国内ではA東京の馬場雄大、川崎の辻直人。
☆家族 両親と姉。
バックナンバー
-
東京パラ開幕100日前 車いすラグビー新世代エースの19歳・橋本はあえて仕事との両立で頂点を狙う
[ 2021年5月16日 05:30 ] スポーツ
-
パラアーチェリー重定知佳 “44年ぶりに車いす選手が全日本出場”に感じた違和感 東京パラまで200日
[ 2021年2月5日 09:22 ] スポーツ
-
車いすテニス・大谷桃子 全仏準優勝で佐賀から世界への扉をこじ開けた新星
[ 2020年11月25日 05:30 ] スポーツ
-
パラテコンドー・太田渉子 競技普及へ夏のメダルを 東京パラリンピックまで300日
[ 2020年10月28日 05:30 ] スポーツ
-
パラ陸上マラソン・熊谷豊 高橋尚子並み猛練習で狙う「世界新で金メダル」
[ 2020年7月20日 05:30 ] スポーツ
-
パラ水泳・辻内彩野のシンデレラストーリー 人生変えた運命の出会い たった3年で世界のトップに
[ 2020年2月7日 10:00 ] スポーツ
-
パラアーチェリー上山友裕 満員の会場で金メダルと観客の心“射抜く”
[ 2019年10月30日 10:00 ] スポーツ
-
パラ競泳・小野智華子 “伝説”に再び挑む負けず嫌いの本能 会社の仲間から大声援を力に
[ 2019年4月13日 08:00 ] スポーツ
-
パラやり投げ・山崎晃裕 “アボット魂”胸に東京五輪で金、そして「健常者倒したい」
[ 2019年1月3日 08:50 ] スポーツ
-
【二宮清純×注目パラアスリート(4)】20年東京でメダル獲得照準!さらなるレベルUPを
[ 2018年10月18日 05:30 ] スポーツ
-
【二宮清純×注目パラアスリート(3)】シッティングバレー 田沢隼「アスリート支援」に感謝
[ 2018年10月11日 05:30 ] スポーツ
-
【二宮清純×注目パラアスリート(2)】車いすバスケ 小田島理恵 体験教室で“とりこ”に
[ 2018年10月4日 05:30 ] スポーツ
-
【二宮清純×注目パラアスリート(1)】車いすテニス 菅野浩二 クァードクラス転向で東京パラ目標に
[ 2018年9月27日 05:30 ] スポーツ
-
車いすテニス菅野浩二 遅咲きエースが狙うアジア経由世界一
[ 2018年9月25日 15:00 ] スポーツ
-
土田和歌子 トライアスロン転向で8度目パラへ 恐怖の波にのまれて…だからこそ決めた
[ 2018年8月25日 05:30 ] スポーツ
-
車いすバスケ古沢拓也 日本初パラリンピック表彰台へ海外挑戦へ 夢へと続く放物線
[ 2018年6月17日 05:30 ] スポーツ
-
平昌パラ注目4選手紹介 成田緑夢、阿部友里香、上原大祐、三沢拓
[ 2018年3月9日 05:30 ] スポーツ
-
ブラインドサッカー川村怜 暗闇も中国も、もう怖くない
[ 2017年11月29日 05:30 ] スポーツ
-
男子柔道永井崇匡 弱視選手とも戦う全盲のエース候補
[ 2017年8月25日 05:30 ] スポーツ
-
車いすラグビー倉橋香衣 吹っ飛ばされても立ち向かう笑顔のファイター
[ 2017年5月13日 05:30 ] スポーツ
-
車いすバド小倉理恵 “一人三役”子育ても仕事も競技も全力スマッシュ
[ 2017年2月1日 05:30 ] スポーツ
-
瀬立モニカ 夏冬“二刀流”の夢 18年平昌&20年東京で金を
[ 2016年10月25日 05:30 ] スポーツ
-
辻沙絵 ハンドボールから転向1年…メダル狙える美人スプリンターへ
[ 2016年7月17日 05:30 ] スポーツ
-
岩淵幸洋 この素晴らしき世界を リオで勝って伝えたい
[ 2016年4月8日 05:30 ] スポーツ
-
安達阿記子 「ゴールボール」世界最強ジャパンの“ストライカー”
[ 2015年12月30日 05:30 ] スポーツ
-
高橋尚子さんゲストに288人参加「パラリンピック身近に感じて」
[ 2015年11月22日 05:30 ] スポーツ
-
藤本怜央 車いすバスケ主将が挑む“もう一つ”のブンデスリーガ
[ 2015年9月21日 05:30 ] スポーツ
-
池愛里 運命に導かれた16歳の大型スイマー
[ 2015年6月13日 05:30 ] スポーツ
-
生後10日で右足失った藤井美穂 自転車挑戦「きのうの自分に勝ちたい」
[ 2015年3月5日 05:30 ] スポーツ