【フィギュア】佐藤駿 SP9位から大逆転銅メダル「幻なんじゃないか」号泣

[ 2026年2月15日 02:00 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪第8日 フィギュアスケート男子フリー ( 2026年2月13日    ミラノ・アイススケートアリーナ )

抱き合って喜ぶ銀メダルを獲得した鍵山優真(左)と銅メダルを獲得した佐藤駿(AP)
Photo By AP

 大逆転のメダル獲得が決まった佐藤は、人目をはばからず号泣した。「言葉がない。幻なんじゃないか」。SP9位から自らの演技を貫き、表彰台に乗るとやっと実感が湧いてきた。

 前夜は眠れなかった。4回転フリップを組み込み、ジャンプ構成を上げるか悩み、最終決断は直前の6分間練習後。「団体のいいイメージをそのまま持っていこう」。最大の武器4回転ルッツ、4回転トーループ2本の全てで高い加点を引き出した。「全てのジャンプをいい形で決め切れた」と振り返った。

 憧れの先輩に、少し近づけた気がした。幼少期、スケートを始めたアイスリンク仙台に羽生結弦さん(31)がいた。実際の滑りや映像を見ながら、軌道をまねてトーループジャンプを繰り返した。当時は4回転ではなく2回転。毎日リンクに通っては、上達する日々が原点だった。この日も幼少期にもらったペンダントをティッシュカバーにつけて携帯。18年平昌五輪フリー「SEIMEI」の動画を演技直前に見て、奮い立った。

 11年に東日本大震災が発生。14年ソチ五輪で羽生さんが金メダルを獲った姿をテレビで見て、五輪は夢から目標に変わった。当時の浪岡秀コーチに「羽生くんは4回転2個跳んで金メダル。4回転2個跳べるように頑張ろう」とハッパをかけられた。中学3年で拠点を埼玉に変更。その後、磨き続けた4回転ルッツ、トーループが突破口だった。

 4年前、2月10日の北京五輪男子フリーのときは左肩手術で手術台にいた。そんな自分が今、表彰台にいることが誇らしい。「自分で言うのもなんだが、よく頑張ってきた」。謙虚なスケーターが、少しだけ得意げに語った。

 ◇佐藤 駿(さとう・しゅん)2004年(平16)2月6日生まれ、仙台市出身の22歳。5歳でスケートを始める。13年から全日本ノービス選手権4連覇。19年11月の埼玉の地元大会で羽生さんに次いで日本人2人目となる4回転ルッツ成功。19年ジュニアGPファイナル制覇。シニアでは初出場だった25年世界選手権6位。24、25年とGPファイナル2年連続銅メダル。合計点の自己記録は292.08点。明大4年。1メートル62。

続きを表示

「羽生結弦」特集記事

「テニス」特集記事

スポーツの2026年2月15日のニュース