【スノボ】ビッグエア6位の鈴木萌々「また五輪の舞台で」スロープスタイル予選敗退も4年後へ気持ち新た

[ 2026年2月16日 01:37 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪第10日 スノーボード   女子スロープスタイル予選 ( 2026年2月15日    リビーニョ・スノーパーク )

<女子スロープスタイル予選>鈴木萌々の1回目の試技(AP)
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 女子予選が行われ、ビッグエアで6位入賞した鈴木萌々(18=キララクエスト)は53・50点の18位に終わり、決勝に進めなかった。18歳での初五輪は、これで全競技が終了。「決勝に行くことができずに悔しいが、自分がやりたいルーティンを出せたのは良かった」と振り返った。

 父の影響で3歳でスノーボードを開始。小3頃から草大会に出場し始めたが、ストレートジャンプしかできずに「回してみたい」と向上心に火が付いた。当時は新潟市内に住んでいたが、地元の友人が宮城県村田町にある屋外ジャンプ施設「東北クエスト」に通って見る見る上達するのを目の当たりにし、両親に頼んで週末だけ通うように。中学進学と同時期に父が仙台に転勤になり、一家そろって転居。本腰を入れて練習に明け暮れた。

 小学時代はスラロームの大会にも出ており、自然とスピードの乗る技術が身に付いた。ビッグエアでは小さなキッカーでもスピードを出せるため、技の難度が落ちないのが強み。「自分の滑っている姿勢は好きじゃない。どうやったらカッコ良くなるかを考えている」と悩みを打ち明けるが、世界の舞台で戦うための武器に。キッカーサイズが小さかった今大会のビッグエアでも、持ち味を生かして日本勢2番手の6位に入った。

 昨年2月、米アスペンでのW杯と同時期開催だったハルビン冬季アジア大会(中国)代表に選出された。米国遠征は多額の自己負担が掛かる。当初はアジア大会に気持ちが傾きかけたが、コーチや母に「五輪を目指すなら出るべき」と背中を押されて出場。シーズン2度目の表彰台となる3位に入ったことで、「最初は30年(の次回五輪)と思っていたけど、26年を目指そうと思った」と目標の舞台が前倒しに。3大会連続出場を目指していた鬼塚雅との大接戦を制し、見事イタリア行きの切符を手にした。

 3月には高校を卒業し、4月からはスノーボードに専念する。より活動を幅を広げ、目指すはフレンチアルプスで開催される次回五輪。「スロープスタイルでもビッグエアでもトップで居続けられるように、日々成長して、毎年自分を超えられるようにして、また五輪の舞台で(自分の滑りを)見せたい」と鈴木。18歳の誓いを、22歳で現実にするため、4年間の戦いがまた始まる。

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