【スノボ】三木つばき 「世界一」へ4年後早くも明言 幼き自分との約束果たす

[ 2026年2月10日 05:30 ]

<ミラノ・コルティナ五輪 スノーボード女子パラレル大回転>決勝トーナメントで敗れて悔しげな三木つばき(撮影・小海途 良幹)
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 【good loser メダルより輝いたもの】スノーボード女子パラレル大回転で、昨季W杯総合王者で2大会連続出場の三木つばき(22=浜松いわた信用金庫)は準々決勝敗退で6位に終わった。金メダル候補は負けを認め、早くも4年後の五輪を目指すことを明言。幼い頃の自分との約束を果たすために――。

 「私もあんなふうに速く滑りたい」。三木が本気で五輪出場を志したのは、8歳の時に10年バンクーバー五輪男子同種目銅メダルのマチュー・ボゼト(フランス)と出会ったのがきっかけだ。5歳まで過ごした長野県白馬村で圧巻の滑りを目の当たりにし、その後の針路が定まった。その冬から3学期は丸々学校を休み、親元を離れて暮らし、ひたすら滑り込んだ。

 父・浩二さん(50)、母・志保子さん(50)には、金銭的にも大きな負担をかけていることは十分認識していた。だから最初の年に雪山で遭難しかけ、パトロールに見つけてもらって救出された時も、「もうやめたい」とは決して口にしなかった。当時からつけている練習ノートだけに、つらいこと、苦しいことを書き連ね、また山へ向かった。

 浜松市内で「ACTIVE GYM」を経営し、10歳の頃から三木のトレーニングを指導する山地輝幸氏(47)も、雪をかぶっても強く美しく咲くツバキのような強さを見てきた一人。指導開始当初はスキップができなかった少女は、「宿題を与えると、次に来た時には必ずできるようになっていた」という努力を重ね、金メダル候補に上り詰めた。

 2度目の五輪の結果は6位。残酷な結果を突き付けられたが、「今の実力と受け止めている。また4年間、積んでいきたい」と、早くも次回大会を目指すことを明言した。小6の時に書いた卒業文集のタイトルは、「努力の積み重ね」、そして将来の夢には「スノーボードで世界一になること」と記した。8歳の決断、12歳の約束を果たすため、三木はまた、雪山へ向かう。(阿部 令)

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