ジャンボ尾崎さん最後の言葉は「もう少しだから大丈夫」 長男・智春さんが明かす

[ 2026年2月3日 20:42 ]

ジャンボ尾崎さん
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 昨年12月に死去したゴルフ界のレジェンド尾崎将司さんの長男・智春さんが3日、都内で行われた日本ゴルフジャーナリスト協会(JGJA)表彰式に出席し、亡き父の闘病生活を明かした。

 日本ツアー最多の94勝、賞金王12回など偉業を達成し「ジャンボ」の愛称で親しまれた尾崎さんは昨年12月23日にS状結腸がんのため78歳で亡くなった。

 自覚症状が表れたのは24年9月。「ご飯を食べたら凄くおなかが張る」と訴えたため病院で精密検査を受け、S状結腸がんのステージ4と診断された。

 智春さんは「末期がんだったので僕は頭を叩かれたようにショックで。でも親父は冷静に聞いていた」と当時の様子を明かした。その後、同年10月からは2週間に1度、抗がん剤治療を受けていた。

 「親父も頑張ってくれて、がんも小さくなったけど、副作用が凄くきつくて。味の感覚がなくなり、手足にしびれが出た。甘い物だけは味の感覚があるので、ほとんど果物だけで過ごした」

 昨年10月に医師から「抗がん剤が効かなくなり、がんが大きくなってきた」と通告され、違う種類の抗がん剤による治療を勧められたが、尾崎さんは「副作用がつらいし、俺はもうこれでいい」と治療を拒否した。

 その後は抗がん剤の副作用がなくなり体調も良くなっていたが、12月に入ると徐々に衰弱。年間女王獲得の報告に訪れた佐久間朱莉とは対面できたが「選手と会ったのはそれが最後だった」という。

 「先生(医師)からは“年越しは大丈夫だ”と言われていたけど、凄く進行が早かった。(死去した)23日の1週間くらいまでは口をきける状態だった」と亡くなる直前の様子を明かした。

 12月21日にはプロゴルファーで弟の健夫、直道らが病床にかけつけたが「ほとんどしゃべれなかった。目を開けて聞いているくらいだった」という。

 親子で最後に交わした言葉は「もう少しだから大丈夫」だった。智春さんは「もう天国に行ける準備ができたという意味だったのか。分からないけど、それが最後の言葉だった」としんみり話した。

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