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水谷隼“ノーパン伝説”は「青森山田中高の伝統」だった 現在は「なくなったみたいで」「僕はやりやすい」

[ 2021年12月17日 16:43 ]

水谷隼
Photo By スポニチ

 東京五輪の卓球混合ダブルスで金メダル、男子団体で銅メダルを獲得し、競技の一線から退いた水谷隼(32)が17日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。自身がプレーするときに続けていた“ノーパン”について説明する場面があった。

 5歳で競技を始め、両親が設立した「豊田町卓球スポーツ少年団」で育ち、14歳でドイツに留学した水谷。司会の黒柳徹子(88)から「スポーツの名門中学にも入学なさった」と振られると、「青森山田中学校に。ドイツに留学すると同時に、転校して。より卓球に専念できる環境に」と説明した。

 青森弁には苦労したかと聞かれると、「学校とか行くと、全然言葉が分かんないですよ」と苦笑い。さらに黒柳から「“ノーパン伝説”って言うのがあるそうですけど、何ですかそれは」と振られると、水谷は「その青森山田中高の伝統で、ノーパンで卓球をするっていうのがありまして。僕も14歳から引退するまで18年間、ノーパンで卓球をしてきました」と告白した。黒柳が「本当なんですかそれは。みんなノーパンで卓球をやってたの?」と尋ねると、水谷は「僕はずっとやってましたし。ただ、僕が青森山田を卒業すると同時にその伝統っていうのがなくなったみたいで。今選手は結構パンツを履いている人が多いみたいです」と明かした。

 黒柳が笑いながら「でもパンツ履かないで卓球やるのっていやじゃない?」と尋ねると、水谷は「パンツを履いてしまうと逆に落ち着かないんですよね」と真顔で回答。「ノーパンに慣れてしまうと、ノーパンの方がやりやすい」と力説した。

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