【五輪総括】有森裕子さん 全ての人が主役 誰もが不安なく楽しめるのが本来の姿
【メダリストは見た 有森裕子さん】閉会式で静かに聖火が消え、57年ぶりに東京で行われた五輪が幕を閉じた。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大という異常な状況の下で開催された五輪は、出場した選手たち、そして懸命に声援を送り続けた我々にどんなレガシーを残したのか。女子マラソンで92年バルセロナ五輪銀、96年アトランタ五輪銅メダルのレジェンド、有森裕子さん(54)が大会を総括した。
聖火が消えて、東京五輪が終わりました。閉会式ではマラソンの表彰式もありましたね。私がメダルを獲った頃は日程の関係で、最終日に表彰されるのは男子だけでした。日本の女子はメダル争いができると期待していただけに、表彰式に姿がないのは私の勝手ですが、寂しかったです。
今回の五輪で一番新鮮だったのは、スケートボードやサーフィンなど新しい競技の選手たちでした。彼ら彼女らの言葉や表情からは「私がやっている競技はこんなに面白いんだよ」「面白いからやっているんだ」という気持ちがストレートに伝わってきました。もちろん試合ですから勝負はあります。でも、面白いからこそもっと高みを目指そうとし、お互いがそれを楽しみにしている。そこには国を背負っている悲壮感は全くない。スケートボードのパーク決勝で演技を終えた岡本碧優さんのもとに他の選手たちが駆け寄って抱き合うシーンはまさにその象徴でした。
私が現役だった頃は、勝負になるとみんな敵という感覚で、戦う相手との関係がどことなくぎすぎすしていることが多かったような気がします。でも、海外のレースや五輪に出るようになって、勝負から一歩離れればお互いが仲間であり、同志でもあるということを教えてもらい、相手に対する見方や考え方が変わりました。
金メダルが獲れないと責任を感じ、ともすれば自分を卑下してしまう選手もいるかもしれません。でも、スケートボードの選手たちはメダルを獲った選手も獲れなかった選手も、お互いを称え、自分も称えていました。そこに競技性の違いはあると思いますが、たとえ負けても「自分を称える」ことは、周りへ一番の感謝の気持ちになるのではないでしょうか。
そして、改めて感じたのは五輪は国と国の対抗戦ではないということです。五輪憲章にきちんと記されているはずなのに、IOCすらそれを忘れてしまっている。五輪はただの「競技会」ではなく「平和の祭典」です。どの国が何個メダルを獲ったなどということは、本来言ってはいけないことなんです。五輪は個人と個人の戦いであり、お互いに認め合う場です。改めてそのことを思い出させてくれたのは新競技の選手たちでした。
開幕前、私はコロナ下で行われる今回の五輪は2024年に延期するのがベストな選択だと考えていました。確かにコロナ禍の中でも全力を尽くして頑張った選手たちの姿は、純粋に子供から大人まで、全ての人々にさまざまなエネルギーを生んだと思います。でも、それで開幕前にあった多くの問題が全て解決されたのかと言えば、そうではないような気がします。
私は今でも「社会があっての五輪」だと思っています。五輪は平和の祭典であり、選手だけでなくかかわる全ての人が主役です。競技を中心に誰もが何の不安もなく心から楽しめる。平和維持、相互理解、親善を軸としてかかわる全ての人に夢や希望を生み出せるのが、本来の五輪の姿だと思うんです。今回のように無観客で開催しなければならないのなら、3年後に本来の形で改めて開催するという選択があっても良かったのではないか。観客席に他の主役がいない閉会式を見ながら、ふとそんな思いが頭をよぎりました。
特殊な五輪が終わった今、IOCをはじめ五輪に携わる全ての人々とともに、オリンピアンの私自身ももう一度五輪憲章を見直し、五輪の意義を考えてみようと思います。メダル主義や国別対抗、大会の規模やスポンサーとの関係など、今回の大会をさまざまな角度から検証し、かかわる全ての人々とともに、未来に生かせるよう、これから何をすべきか、何を形にしていくか。しっかりと考えてみるつもりです。
◇有森 裕子(ありもり・ゆうこ)1966年(昭41)12月17日生まれ、岡山市出身の54歳。日体大卒業後に株式会社リクルートに入社。92年バルセロナ五輪女子マラソンで銀メダル、96年アトランタで銅メダルを獲得。07年東京マラソンでプロランナーを引退。現在は国際オリンピック委員会スポーツと活動的社会委員会委員、日本陸上競技連盟副会長、スペシャルオリンピックス日本理事長などを務める。
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