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大坂なおみのラケット破壊は理解するが会見拒否は…

[ 2021年5月27日 23:40 ]

大坂なおみ(AP)
Photo By AP

 【君島圭介のスポーツと人間】ボクシングは孤独の代名詞のようだが実際はチームスポーツだ。リングで戦うのは選手でも試合中の指示やラウンド間の回復やアドバイスにセコンド陣は欠かせない。

 ダウン寸前のボクサーに「あと20秒!絶対に戻ってこい」と声を張り上げたトレーナーに試合後、言葉の意図を聞くと「コーナーに戻って来てくれないと助けてやれないからね」という。戦うのは1人でも、3分に1度は頼もしい仲間の元に帰れる。
 同じ孤独なマラソン走者もレースの要所では、沿道に立つ監督やコーチが指示してくれる。

 テニス選手がラケットを叩き付ける気持ちは理解できる。テニスは試合が始まれば誰かと言葉を交わすことは許されない。コーチは客席に座って、せいぜい手を叩いて「カモン!」と鼓舞するだけだ。コーチとのアイコンタクトすら許されないのは、18年の全米オープン決勝でセレナ・ウイリアムスが証明した。

 孤独の中で何時間も戦う。プレーが不調でも誰も助けてくれない。相手は容赦なく攻めてくる。フラストレーションを溜めて戦うより、自分で発散して冷静になるのは悪くない。ラケットを地面に叩き付けるくらい、みっともない行為だが見守ってあげたい。

 女子テニスの大坂なおみが今回の全仏オープンで試合後の記者会見を行わない意思を表明した。「これまで何度もアスリートの心の健康状態が無視されていると感じていた」のが理由だという。

 今はSNSなどを利用してアスリート自身がファンに向けて言葉や情報を発信できる。温かい交流が続けば素晴らしいが、リスクも忘れてはいけない。直接的なやり取りで傷つくのは発信者本人だ。メディアは防波堤とはいわないがクッションにはなる。同時に1億人の理解を求めるより、その場の数十人のメディアに説明する方が真意は伝わりやすい。

 あえてねじ曲げた報道をするメディアが一部存在するのは否定しないが、会見の場で批判されるのは理由があるからだ。それに納得させる答えが出せないなら、やはり批判は正しいことになってしまう。「心の健康状態が無視されているから」と会見を拒否するのはラケット破壊とは意味が違う。

 大坂なおみという愛すべきキャラクターを世間に紹介したのもメディアであることは忘れないで欲しい。ただ、ひとつ思うのは何時間も1人で戦い抜いた直後なのだ。試合後にメディアの前に立つときは信頼出来るコーチやスタッフが常に同席してはどうだろう。代理人でもいい。もし、それが不適切な質問だったら、セコンド陣である仲間たちが守ってあげればいい。(専門委員)

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