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レスリング高谷惣亮が背負っているもの

[ 2021年5月14日 08:45 ]

レスリングの高谷惣亮
Photo By スポニチ

 珍しい光景だった。5月初旬、日本から約9000キロ離れた東欧ブルガリアで行われたレスリング五輪世界最終予選。準決勝を勝ち、東京五輪切符を手にした男子フリースタイル86キロ級の高谷惣亮(32=ALSOK)は静かに両手で顔を覆った。「パフォーマンスをしようと思ったんですけど、いろいろな感情が出てきてちょっと感極まった感じですね」。試合後、安どの色をにじませながら苦笑いでそう振り返った。

 パフォーマンスとは、主に国内大会で恒例となった優勝後の決めポーズのことだ。20年12月の全日本選手権はNiziUの「縄跳びダンス」。19年6月の全日本選抜優勝後は日向坂46の「キュン」ダンス、同年12月の全日本選手権はドラマ「グランメゾン東京」の三つ星ポーズ。その他にもジョジョ立ち、ダンシングヒーロー、ひょっこりはん、ブルゾンちえみ…。以前、レスリングに詳しくない知人が「ダンスとかパフォーマンスをする人」で高谷を認識していたことがある。五輪、世界選手権ではメダルを量産するレスリングだが、吉田沙保里や浜口京子、伊調馨ら競技の枠を越えたスター選手が第一戦から退いた今、エンターテイナーの一面も持つ高谷によってマイナー競技脱却へ一筋の光が差し込んでいるように見える。

 今夏で3大会連続の五輪出場を決めた高谷だが、過去2大会は74キロ級で出場している。昨年の全日本選手権、縄跳びダンスは92キロ級を制した際のパフォーマンス。全日本選手権においては11年の74キロ級から79、86、92と4階級にわたる10連覇を達成した。10キロ減量していた74キロ級から「減量はするもんじゃない。自分らしく戦えるところで戦うのがスポーツであり階級制」という考えの下、東京五輪に向けて86キロ級に階級を上げ、見事に世界予選の狭き門を突破した。

 コロナ下で大会の延期や中止が相次ぎ自粛ムードだった昨年、高谷はSNSで自宅トレーニングのライブ配信や質問箱で交流するなどの取り組みを行った。実に18キロもの差がある階級で日本の頂点を極めた高谷には、コロナ以前からSNSを通じて中高生からの減量の相談が多く寄せられていたという。「成長期なら適正体重で試合をした方が良い」「8キロ減量がある選手は階級を上げた方が良い。4%の体重を減らすのは体にダメージがある」。減量がなくなったことでケガも減り「レスリングが楽しくなった」という自身の経験から、アドバイスや自身の思いを発信し続けている。

 3回戦で敗れた16年リオデジャネイロ五輪後、高谷は引退の2文字が脳裏をよぎったという。その年の全日本選手権に出場するつもりはなかったが、レスリング協会で現在は強化本部長を務める西口茂樹氏の言葉に背中を押された。「出ないとあかん。おまえが勝ってもらわないと日本のレスリングはどうなるんや」。その時に胸に刻んだ決意が、SNSでの発信や積極的に取材に応じる姿勢にもつながっているのかもしれない。「僕自身、レスリングを背負ってやってきた。日本のレスリングのためにも、高谷惣亮のブランドをもっと生かしていかないといけない」。体の8割はポジティブでできていると公言する高谷の、東京五輪を決めた瞬間の“らしくない”姿に、彼が平然と背負っているように見えるものの大きさを感じた気がした。(記者コラム・鳥原 有華)

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