【復刻版 古賀稔彦の11日間】第3章 注射6本…気力で畳へ
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1992年バルセロナ五輪の柔道男子71キロ級・金メダリストで「平成の三四郎」と称された古賀稔彦さんが24日、亡くなったことが分かった。53歳だった。柔道ニッポンの重責を背負って世界と対峙してきた古賀さんには、忘れられない金メダルドラマがあった。バルセロナ五輪で現地入りした翌日の7月20日、78キロ級代表だった吉田秀彦との練習中に左膝に重傷を負った。日本選手団主将にも任命された金メダル候補を襲った不運。柔道私塾「講道学舎」の2年後輩にあたる吉田は責任を感じながら78キロ級で見事金メダル。そしてその翌日、古賀が運命の畳に上がった――。
吉田「金メダルを獲ってからの方がつらかったです。古賀先輩が獲るまでが一番、つらかった」
深夜に選手村に戻った吉田は、古賀の左膝に手をかざして祈り、明日、頑張ってください」と言い残して部屋を出た。
吉田「申し訳なくて一緒に寝られないですよ」
他の部屋で一夜を過ごした。吉田は古賀の新たな不運を知っていた。
古賀「当時はケガをしたら、とにかく冷やせだったので、10日間、とにかく冷やした。そうしたら3、4日目から神経がおかしくなって皮膚に触るのも痛い。ケガから来ていると思ってより冷やした。そうしたら、膝より神経の痛みが強くなっちゃって、試合当日は足の親指が全く動かないくらい神経がマヒしてしまった。でも、不運だと思わなかった。ケガの流れと思っていた」
腓骨神経マヒだった。その状態で、7月31日の試合当日を迎えた。
吉村「当日朝の計量はマウンテンバイクのサドルにあいつを乗せて、立ちこぎで行った。肩を抱えて階段を上がらないかんわけだ。そすると(他国の選手やスタッフが)みんな見とるわけだよ。『あれはやらせか、どっちだ』とか言われたわ。『本当は痛くないんじゃないか』とかね」
試合会場にも左脚をひきずって入った。
まず、痛み止めの注射を打った。
吉村「前日に稔彦が『注射を打ってくれ』と言ってきたんだよ。あいつはね、何が嫌いって注射が一番、嫌いなんだ。針が嫌いだから。打ってくれってのはよっぽどのことだから」
古賀「とにかく針が嫌いで、はり治療も一切やったことがありませんでした。でも、あまりに痛かったので自分から希望しました」
しかし、直前になってドクターが言った。
上村「ドクターが『あそこまで痛くなったら麻酔が効くかどうか自信がない』と言い始めた。何言ってんだと。これを打ったら必ず5分後には効くと言って打てと」
吉村「効くまでどれくらいか効いたら『15~20分かかります』と」
左膝の周りに6本の注射を打った。
5分後だった。
吉村「ゆっくり走り出したんだよ。ドクターに聞いたら『まだ効いてないはずだ』って。ああ、こいつ、自己暗示をかけたんやねって」
古賀「効きました。膝より神経の痛みがひどかったけど、偶然、麻酔が神経にもいったんでしょうね」
じっくりと時間をかけて、試合ぎりぎりまでアップを続けた。
初戦は2回戦。バルガス(エルサルバドル)に開始20秒の巴投げで一本勝ちした。
吉村「一本背負いに入ろうとした瞬間に止めたんだよ。で、巴投げにいった。なんで掛けなかったって聞いたら、大事なところまで左脚は使いたくないって。案外、冷静なんやなと」
古賀「すでに、どの選手がきても対応できるだけの準備はできていましたから。自分が納得できるところまでは準備する。でも納得する限界はないんで、誰よりも欲を出して努力する。これをぎりぎりまでやっておけば、どんな相手、どんな状況にも対応できると思っていました」
4年間、積み重ねた準備がケガで無駄になったのではなく、準備があったからこそケガをしても戦うことができた。
古賀「努力って、その人間のさじ加減なんです。1個だけでも準備ができたという人もいる。100個持ってても、もう1個と思う人もいる」
3回戦は石承勝(中国)を一本背負いや袖釣り込み腰などで圧倒し、優勢勝ちした。4回戦はプラハ(ポーランド)を一方的に攻めて3―0の判定で下した。
準決勝前に再び痛み止めの注射を2本打ち、強敵、ドット(ドイツ)戦を迎える。1分12秒、一本背負いがきれいに決まって一本勝ち。決勝に勝ち上がった。
しかし、首脳陣には懸念材料があった。準決勝のもう1試合はハイトシュ(ハンガリー)と鄭勲(韓国)の対戦。
上村「鄭だったら厳しかったと思う」
吉村「稔彦は鄭に弱いんだ。やりづらいんだ」
鄭のリードのまま試合終了が迫っていた。上村と吉村は観客席を立って引き返し始めた。直後に大歓声が起こった。振り返ると、残り6秒でハイトシュが逆転の一本勝ちをしていた。
上村「おい、天は俺たちに味方したぞと言ったよ。いける、と」
吉村「右組みのハイトシュが左の体落としを掛けてんだよ。おお、これでいけるぞって」
不運続きの古賀に、初めてバルセロナの太陽が味方した。
(つづく)
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