追悼連載~「コービー激動の41年」その41 故障者続出の中で孤立するブライアント

[ 2020年3月28日 08:30 ]

デビューから3年目の故ブライアント氏(右端)の肩に手を回すオニール氏(AP)
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 2003年11月18日。レイカーズは敵地デトロイトでピストンズに敗れた。シャキール・オニールのファウルトラブルが影響し、最後までリズムをつかめなかった。周囲のスタッフはオニールの利己的にも見えた怠慢なディフェンスを批判。だがフィル・ジャクソン監督は怪物センターの対応には確固たる自信を持っていた。そこがコービー・ブライアントへの対応と違う部分でもあった。

 ジャクソンは問題点を指摘するときに「Selfish(利己的)」という言葉は用いなかったという。「この言葉ならば決して個人の名誉は傷つけないし、悪い感情も植えつけない」と使ったのが「Thirsty」。日本の教科書にも出ている「喉がかわいた」という有名な形容詞である。もっともニュアンスは少し違う。「君は喉が渇いていた」ではなく「君は何かを求めすぎていた」という感じになるのだが、「利己的だ」と指摘されるよりはソフトな物言いになる。オニールも自分のミスが敗因になったとのはわかっていただろうが、それを直接批判されては前に進まなかっただろう。しかし指揮官は遠回しにそれを指摘。このような教育的指導?があったからこそ、何度もオニールを崖っ縁から引き戻すことができたのだ。

 開幕から21戦で18勝。悪い滑り出しではなかった。だが2004年1月2日のスーパーソニックス戦でオニールにアクシデントが発生した。14分間出場して6得点に終わったこの試合でオニールは足をひきずって自分でダメだしのポーズをとってロッカールームに消えていった。彼は慢性化していたつま先の痛みを抑えるためにシューズにクッションを挿入。そのためにシューズのサイズは22(日本のサイズでは40センチ)から25(同43センチ)に肥大化していた。しかしつま先をかばうあまり今度はふくらはぎを痛めてしまった。

 レイカーズはここから4連敗。オニールの負傷で急ブレーキがかかってしまった。とくに4連敗目となった1月7日のナゲッツ戦では91―113と大敗。勝負にならなかった。新加入のカール・マローンも故障で離脱していたので、ジャクソンとしてはブライアントを頼みにするしかなかった。

 だがうまくいかない。後半になってジャクソンはブライアントのポジションを2番(シューティングガード)から3番(スモールフォワード)に変更。この試合で20得点を挙げたカーメロ・アンソニー(現トレイルブレイザーズ)をマークさせた。「ほとんどのスモールフォワードはコービーのスピードにはついていけない」と判断したからだ。フロントコート陣に頼れないために、ブライアントにより大きな負担を求めたのだった。

 駒は不足していた。控えのガードだったジャネイロ・パーゴをナゲッツ戦の直前に解雇。サラリーキャップ対策(総年俸削減)で押し出された選手だった。ジャクソンは試合前のビデオ・セッションで何も知らなかったパーゴを部屋の隅に連れていってこう語った。「すぐに帰ってもいいし、試合の後でもいい。費用はこっちが持つ。だがもう君は試合には出られない。わかってくれ」。パーゴは泣いたという。それを他の選手も見ていた。2003年プレーオフのスパーズ戦ではドリブルを得意にしていたトニー・パーカーを抑え込んだ男だ。だから同情した多くの選手がパーゴの名前や背番号を自分のシューズに書き込んだ。そんな情緒的な出来事があった試合でブライアントが何を言ったか?これが実に信じ難い言葉だった。

 ジャクソンからアンソニーへ密着マークを命じられたブライアントは、オフェンスではそのアンソニーにパスをインターセプトされる。どうみてもミスだ。ところがタイムアウトでベンチに戻ってくると怒りを爆発させた。温厚なジャクソンが「Watch your mouth(言葉に気をつけろ)」とキレてしまったブライアントの軽率な発言。それはレイカーズの混乱ぶりを象徴するようなハプニングだった。(敬称略・続く)

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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