“激流のF1レーサー”足立和也 国産「ONE TEAM」四輪ノウハウでいざ五輪へ!

[ 2019年12月3日 10:30 ]

ムーンクラフト社製の国産艇を持つ足立和也
Photo By 共同

 カヌー・スラローム男子カヤックの足立和也(29=山口県体協)は、10月の東京五輪代表選考会を制し、五輪初代表を決めた。F1、ルマンなどのレーシングカーの車体づくりに携わったムーンクラフト社と異色のコラボレーションをし、この競技では極めて珍しい国産の艇に乗る。メード・イン・ジャパンにこだわる“激流のF1レーサー”に迫った。

 足立のカヌーは「マシン」と表現した方がいいのかもしれない。10月の都内。F1の車体と同じ製法でつくられた相棒をコンコンと叩き「他と硬さが違います。この硬さだと不用意な波に早く反応できます。素材が柔らかいと、体が波を感じるまでに時間差が生じます」と、操作性の良さの秘密を明かした。

 激流を下りながらゲートをくぐり、タイムを競う競技。パワーで波を抑え込む欧州勢に対し、いかに艇を操れるかで対抗する。波の向きや勢いを敏感に感じ取れることを重視し、レーシングカーの開発・設計をする名門「ムーンクラフト」に、艇の製造を依頼した。

 カヌーとモータースポーツの異色のコラボのきっかけは、3年前にさかのぼる。市場大樹コーチ(42)の発案だ。国内に競技用の製造メーカーはなく、本場のチェコ、スロバキア製に頼っていた。しかし、師弟は既製品に限界を感じていた。足立好みの一艇を求め、市場コーチはカヌーとは無縁の会社にメールを送った。レースにおける実績や社風は知っていた。「ここならば」と、行動を起こした。

 同社の由良拓也代表(68)は当時を笑って振り返った。「やってもらえないですか、でもお金はないですって」。最初は相手にしなかった。しかし、17年W杯ドイツ大会で、2度目のW杯3位になったと知り、職人魂がくすぐられた。

 「その後に120万円できたって言われて。通常、1艇40万円だから、3倍あれば作れると考えたのでしょう。でも、ゼロから作ると桁が違う。だけど、市場さんの情熱にほだされたというか。やってやるか、と」

 世界の巨匠は昨年末に採算度外視で引き受けた。未知の世界の最初の1艇は「失敗作」だった。カヌー競技は、長さ、幅、重さの規定がある。重量「9キロ以上」に対して、10キロは重すぎた。「レース屋さんなので、負けるという言葉に悔しさを感じる」。どのカヌーも素材は炭素繊維だが、メーカーの製法で特徴に差が出る。試行錯誤を重ね、「軽くて剛性がある」というレーシングカーの車体と同じ製法を選んだ。

 足立は「話が早く伝わる。細かく削ってもらったり、データを取ったり」と同社と二人三脚の日々を振り返る。4月の大会は、試合前日に「2号艇」が届いた。ぶっちぎりで勝った。10月の五輪代表選考会は、試合10日前に完成した「5号艇」に乗った。“F1仕様”のカヌーを操って、五輪1枠を射止めた。

 足立は異端児として知られる。従来の常識を覆す膨らみの少ない直線的なコース戦略で名を上げただけではない。有力選手が環境の整う海外を拠点とする中、駿河台大を3年で中退した11年以降、山口県萩市で腕を磨いてきた。市場コーチの家に転がり込み、15年に結婚するまで、2人で共同生活をした。時に、ハンバーガー1個の購入もためらった。活動資金は乏しかった。

 「みんながみんな、海外でできるわけじゃない。これから出てくる若い選手のためにも、国内でやっていても世界のトップと戦えることを証明したい」

 カヌーも練習場所も国産にこだわってつかんだ東京五輪。メード・イン・ジャパンで、メダル独占状態の欧州の牙城に挑む。

 ≪採算度外視 男気の受注≫風洞実験などの科学的アプローチで車のデザインをするムーンクラフト社の由良代表だが、カヌーは既存の形を参考にしている。修正、加工がメインのため「(デザインに)斬新さはない」と謙遜し、「水の流れは複雑。今の形が何十年もかけて自然な形になったのでしょう。我々の仕事は、足立という優秀なパドラーの好みの舟を作ること」と車との違いを口にした。国内のトップフォーミュラなどの車両を開発し、日本のモータースポーツを引っ張ってきた第一人者は新たな挑戦に意欲的。「五輪につながるギアを作ることは、物作りをしてきた冥利(みょうり)に尽きる」。水上でのスピードを追求している。

 【カヌーってこんな競技】カヌー・スラロームは2種目ある。足立は「カヤック」で、16年リオデジャネイロ五輪で日本勢初のメダル(銅)を獲得した羽根田卓也(32=ミキハウス)は「カナディアン」。両者の違いはパドルで、両側に水かきが付いているのが「カヤック」で、片側だけを使ってこぐのが「カナディアン」だ。
 2種目は同じ競技方法で、250~400メートルの激流を下りながら、18~25個のゲートを番号順にくぐってタイムを競う。上流から通過するダウンゲートと、下流から逆流して通るアップゲートがある。ゲートに触れると2秒、不通過は50秒のペナルティーが、ゴールタイムに加えられるまた、激流を下る「スラローム」の他に、流れがない直線コースで一斉にスタートして着順を競う「スプリント」がある。

 ◆足立 和也(あだち・かずや)1990年(平2)10月23日生まれ、神奈川県出身の29歳。東京・八王子学園八王子高から強豪の駿河台大へ。競技に専念するために、3年時に中退。アジア大会は14年に優勝し、18年に銀メダル。16年W杯スロベニア大会で日本人初の表彰台となる3位。17年ドイツ大会でも3位。1メートル76、72キロ。

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