高卒後海外でプレーという決断、松島幸太朗の活躍が一石投じることになるか

[ 2019年9月21日 12:09 ]

<日本・ロシア>開幕戦をハットトリックで勝利し、スタンドに手を振る松島(撮影・篠原岳夫)
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 「若い時の経験は、のちのち生きる。若いうちに行けるのは、いいことだと思う」

 もう4年前、前回W杯前の発言だが、松島幸太朗はそう振り返ったことがある。ラグビーW杯開幕戦、劣勢から見事なハットトリックで日本代表の勝利に貢献したウイングは、高校卒業後の約2年半を、南アフリカのスーパーラグビーチーム、シャークスの下部組織で過ごしたことで知られる。

 W杯日本代表31人のうち、日本の高校を卒業したのは20人。そのうち松島だけが、日本の大学に進学していない。神奈川・桐蔭学園で最後の年に花園で両校優勝した後、南アフリカへ。ジンバブエ人の父ロドリックさんと日本人の母・多恵子さんの間に南アで出生。小学校進学までを過ごし、中学時代には1年間、留学もした。そうした背景が王道ではない選択を助けた面はあるだろうが、その決断が容易ではなかったことは、想像に難くない。

 もちろん、その選択は正しかったと言える。大卒1年目に当たる22歳で迎えた前回大会も、4試合全てに先発出場。高度にプロ化が進んだ現在、海外の強豪国では20代前半の選手の活躍は当たり前でも、日本の場合はそうとも言えない面がある。一握りの選手を除けば、大学からトップリーグへ一段階ステップアップする時に、必ず壁にぶつかるからだ。

 英断を後押ししたのが、桐蔭学園の藤原秀之監督であり、同校OBで元日本代表の四宮洋平氏だった。類いまれな俊才にどういうパスウェイを描くか。藤原監督が相談相手としても頼る四宮氏に話しを持ちかけたところ、「では、プロモーションビデオを作りましょう」と応じてくれたという。

 四宮氏もまた、それまでの日本の常識を壊すラグビー人生を歩んでいる。関東学院大で3度の大学日本一を経験しているが、社会人になった後は、果敢に海外に挑戦。ニュージーランド、南アフリカ、さらにイタリアにフランスと、何の後ろ盾も持たず、退路を断って裸一貫で挑戦を続けたことで知られている。本人にも他人にも厳しく、時に目上の人間にも厳しく直言している姿を藤原監督も目撃している。

 「成功できるのか?自信はあるのか?」。15歳も年上の先輩と面談し、一切の甘えを許さない口調で問われた時、松島もきっぱりと「行きます」と答えたという。四宮氏の存在自体が説得力の固まり。だからこそ、当時17歳の心も固まった。

 毎年、多くの超高校級プレーヤーを輩出する桐蔭学園にあっても、卒業後の直接海外行きを勧めたのは、松島の後は「1人か2人くらい」と藤原監督は言う。実際には実現しておらず、日本全国を見渡しても例は多くない。その中で東福岡高卒業後にパナソニックに直接進んだ福井翔大や、花園経験者が直接ニュージーランドへ留学するケースも散見されつつある。高卒に大卒、あるいは社会人経由でも活躍する選手がいるプロ野球のように、どのパスウェイがその選手に適しているかはケースバイケース。競技特性は全く異なるラグビーだが、大学進学が当たり前の流れが変わることが、日本全体の競技力を引き上げていくだろう。松島の活躍は、一石を投じることになるだろうか。(阿部 令)

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