冗談とウソ 米国の大統領とスポーツ選手に見る2つの言葉の「明」と「暗」
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】米国の第4代大統領、ジェームズ・マディソンは「寝そべったままでも、自分はうまく話せるぞ。いつだって」と豪語している。元気なころの言葉ではなく、85歳でこの世を去る直前に口にしたジョーク。寝たきりの生活になりながらも周囲の人間を笑わせ、彼は威厳を保ったままこの世を去っていった。
第44代のバラク・オバマ大統領にいたってはジョークのオンパレード。任期切れ目前となったホワイトハウスの夕食会では「大統領を辞めたら何をすればいい?」というテーマの実写ビデオを披露して話題を集めた。首都ワシントンDCを本拠にしているNBAのウィザーズに「コーチが必要だと聞いているんだが…」と就職活動をしてみたり、ニュース番組で「オバマ前大統領がゴルフで今年347ラウンド目をしました」と速報で流される場面があったりで、ほぼコメディー映画のような内容だった。
世界有数の権力者。しかし彼らはジョークという名の話術と技法でメディアや庶民との距離感を縮めた。日本語で言うところの「冗談」も、うまく使えば人間関係を改善させる機能的なツール。だからこそ大事な場面では言葉を選ばなくてはいけない。
1991年のNBAプレーオフ東地区決勝。ピストンズ対ブルズ戦は荒れに荒れていた。その前年までファイナルを連覇していたピストンズは当時“バッドボーイズ”と呼ばれていて、ワイルドなプレースタイルが身上。その中でもリバウンドに定評があったデニス・ロッドマンは随所でブルズの選手にまとわりついてきた。腕を絡められたマイケル・ジョーダンは露骨に不愉快な表情を浮かべ、ドライブインからレイアップに行ったスコッティー・ピッペンは背後を押されて最前列の観客席まで突き飛ばされた。
そのロッドマンは1995年にブルズと契約。そしてシーズンが始まる前、彼はブルズのジェリー・クラウスGMの夕食会に招待されたのだが、同じくゲストとして招かれていたのがジョーダン、ピッペン、そしてフィル・ジャクソン監督だった。ロッドマン本人の回想によれば、全員が集まったあとはしばらく何の会話もなかったそうだ。そこで立ち上がったのがジャクソン監督。ロッドマンに近寄った指揮官はこう語った。
「デニス、頼みがあるんだ。スコッティーのところへ行って“すまなかった”と謝ってくれないか?」
ロッドマンはこれを聞いて「何かの間違いで、これはジョークだ」と思ったそうだ。リーグを代表する?ヒール役で日本で「悪童」と呼ばれていた男に対し、ジャクソン監督が「謝れ!」と言い寄ってきたのだから無理もない話だった。しかし彼はそれが指揮官の本音であることを知る。その言葉の裏に、一度引退したあとに現役に復帰したジョーダンを軸にしてもう一度、優勝を目指すという並々ならぬ決意があったことを察していた。
「Hey man、I’m sorry about what happened(よお、あんなことになってすまなかったな)」。決して礼儀正しい言葉とは言えないが、ロッドマンは4つ年下のピッペンに謝った。そしてこれが96年から98年まで、チーム2度目のファイナル3連覇を達成する新生ブルズの第一歩だった。ジャクソン監督はチームワークなくして優勝はないと信じていたのだろう。だからこそロッドマンの耳元で、言葉を選んでささやいたのだと思う。
冗談のような本音も言葉を選ぶ必要ある。そうでなければ言う側と聞く側で共通の認識は生まれてこない。どんなに年上であっても、どんなに地位が高くても、言葉に権力をちらつかせると、場をなごませることはできないということだろうか…。マディソン、オバマ両大統領やジャクソン監督はそのあたりの感覚を持ち合わせていた組織のリーダーだった。
だいたい何を言いたいのは、もうおわかりだと思う。そしてこの話題に関してはもうひとつ語らねばならない側面がある。それは「ウソをつく」という行為についてだ。
大リーグの通算最多安打記録を保持しているのは今年4月に78歳となったピート・ローズ氏(元レッズ、フィリーズほか)だがレッズでの監督在任中に野球賭博に関わったとして永久追放処分を科せられた。のちに選手時代にも賭けに興じていたことが発覚。「覚えていない」とあやふやな答弁をしたために、2015年に就任したロブ・マンフレッド・コミッショナーは3度目となったローズ氏の“復権申請”を却下した。
ローズ氏は自身が経営するレストランがあるとい理由で現在、ラスベガスに居住しており、ネバダ州で合法的な賭けはやっていることを認めている。しかしその生活自体が「罪の重さをまだわかっていない」と受け止められており、新たな疑惑も出てきたことで未だに殿堂入りを果たしていない。
競泳界のトップ選手だった米国のライアン・ロクテ(32)は、2016年のリオデジャネイロ五輪の男子800メートル・リレーで金メダルを獲得したが、リオ市内で「警察官を装った4人の強盗に襲われ、銃を突き付けられた。タクシーから引きずり出されて現金を奪われた」と訴えた。同伴していたのは米国代表の3選手。しかし防犯カメラの映像や、目撃者の証言などから、ロクテらは選手村に戻る前にガソリンスタンドに立ち寄り、酔った勢いでトイレの扉を壊し、床に放尿し、店員と警備員に呼び止められていたことが明らかになった。リオ市内の犯罪率の高さを利用して“言い訳”をしようとした愚行。この事件のあと、ロクテは年間で200万ドル(約2億2000万円)近くあったスポンサー収入をほぼすべて失うことになった。
どんな世界でも「ウソをつく」という行為はきびしい“罰”と直結している。陸上界のトップ・スプリンターだったベン・ジョンソン氏(57=カナダ)は、1988年のソウル五輪で金メダルを獲得しながらドーピング違反で失格。やがて「長年にわたってウソをついていたことを謝罪したい」と涙ながらに頭を下げたが、その4年後にまた違反が発覚して永久追放となった。罪の重さを自覚していないと見られても仕方のない大失態。結局。このあといかなる理由があろうとも生涯にわたって除外されない「第1種ブラックリスト」に登録されてしまった。
わずか4画の「冗」の本来の意味は「むだ、不必要、わずらわしい」で、日本人は長い時間をかけてその中にほっこりするような一面をねじこませてきたのだが、どうも一部の組織ではそれが逆戻りしているような気がしてならない。15画の「嘘」は「口が虚(むな)しい」と書いて構成されている漢字。その字の意味をもう少しかみしめてほしいと思う。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは4時間16分。今年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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