馬術・吉越奏詞 心を一つに!自分を救ってくれた馬に恩返しの金を

[ 2019年7月22日 11:00 ]

チャレンジド・アスリートの軌跡~障がい者スポーツ~

<パラ400日前企画 馬術>パラ出場を目指すエクセレント号(左)、バイロンエイティーン号と笑顔で触れ合う吉越(撮影・沢田 明徳)
Photo By スポニチ

 日本パラ馬術界期待の若手である吉越奏詞(よしごえ・そうし、18=四街道グリーンヒル乗馬クラブ)は、現在グレード2で日本人トップの世界ランク18位につけている。東京パラ強化指定選手の中で最年少で、数々の国際大会で結果を残している。馬と共に世界と戦うことを選んだ18歳の爽やかな笑顔に秘めた熱い闘志に迫った。

 歩く、走る、曲がる、止まる。馬に的確な指示を出して、華麗に乗りこなしていく。背筋が真っすぐ伸びた大きな背中と服の上からでも分かる鍛えられた臀部(でんぶ)からは、かつて車いす生活を宣告されたことは感じられない。

 吉越と馬との出合いは生後半年の頃。先天性の脳性まひで右半身と下肢に障がいがあり、リハビリのために乗馬を始めたことがきっかけだった。初めは母・清美さんとの親子乗りからだったが、2歳からは1人で乗るように。「初めて乗った時は、自分の体は動かないのに馬が歩いたり走ったりしてくれたことが楽しかった」と当時を懐かしむ。「馬に乗っていると自分で歩いているように感じる」と、どんどん乗馬の世界にのめり込んだ。清美さんが「子供の時の夏休みに、旅行に行こうよ、と誘っても“馬がいるから行かない”と断られていました」と振り返るほどの馬好きだった。

 転機が訪れたのは中学1年だった2013年。20年東京五輪・パラリンピックの開催が決定した。日本中が歓喜の渦に包まれる中、「どうしても馬術で東京パラリンピックに出場したい」という気持ちが芽生えた。リハビリを始めた当初は乗馬と水泳の二刀流だったが、中学2年生の頃には馬術競技を本格的にスタートさせた。

 最初は周囲から大反対された。海外に馬を輸送するだけでも200万円かかり、母子家庭の吉越家にとって経済的な負担は大きい。「どうしても出たかったので、頼み込みました」といたずらっぽく笑う。見事説得に成功し、「今ではお母さんが一番応援してくれます」と感謝する。

 15年の全国障がい者馬術大会で初出場初優勝。17年には強化指定選手に選ばれた。昨年は世界選手権に出場し、個人8位、団体8位、個人の上位選手のみが出場する自由演技6位など、幅広い活躍を見せている。指導する四街道グリーンヒル乗馬クラブオーナーの伴孝徳さんは「小さい頃から馬に乗っているから、経験は誰よりも豊富。まだ判断の遅れや馬への甘えも見えるが、そこが改善できれば東京パラで金メダルも夢ではない」と期待を込めた。

吉越にとって馬は特別な存在だ。「障がいがあっても普通の人みたいに乗れる。健常者の中でも一緒にできるって感じられることが魅力」。馬の気持ちを第一に考えてきた。「ずっと一緒にいてくれた馬に恩返しがしたくて馬術を選んだ。やめたいと思ったことはない。馬がいるから僕がいるんです」と目を細める。

 幼児の頃から馬と触れあい、障がい児への教育に関心を持つ吉越は幼稚園・小学校の教員を目指している。今春入学した日体大では児童スポーツ教育学部に在籍し、「障がいのある子供たちでも気軽にスポーツを楽しめる環境をつくれる先生になりたい」と日々学びを深めている。

 それでも今は競技が優先だ。相棒のバイロンエイティーン号と、東京パラの代表選考会の一つである6月の国内競技会で選考基準の得点率62%を突破する63・432%をマークした。東京パラには全5クラスから開催国枠で計4人が出場できる。現時点で選考基準を満たす選手は5人おり、その中で吉越は5番手だ。10月と来年3月にも開催される代表選考会でさらに高い得点を出す必要がある。次戦は新たに相棒となるエクセレント号と共に挑戦する予定だ。

 過去のパラリンピックの馬術で日本人のメダル獲得者はいない。「馬と心を一つにして、日本人で初めて金メダルを獲りたい」。18歳の若武者は世界の頂点を目指して突き進む。

 ≪背景≫先天性の脳性まひで、生まれつき右手と両足が不自由。さらに右目は物がゆがんで見え、右耳は聞こえづらいという。重度の障がいにより、医師からは「歩けないかもしれない」と言われていたが、そんな吉越を救ったのは馬による「ホースセラピー」だった。

 アニマルセラピーの一種で、馬の世話を通して精神面のケア、乗馬を通して運動機能の向上が期待できる。実際に吉越は現在自らの足で歩き自らの手で馬の世話をしている。清美さんは「(生まれた時は)右腕が曲がったまま動かなかった。ここまで効果が出るとは思わなかった」と語る。吉越は情緒が不安定な面もあるが「馬がいるからどんなことでも頑張れる」と、とびきりの笑顔で答えた。

 ≪支援≫日体大にはパラアスリートを対象とした奨学金制度がある。日本財団が17年から4年間で最大10億円を支援。過去にはリオパラの陸上女子400メートル銅メダリストの重本沙絵(旧姓・辻)なども利用していた。選手の遠征や用具の活動費などを支援するもので、吉越も第3期の奨学生の一人だ。スポンサー不在で、宿泊費や食費、馬の運搬費などばく大な金額がかかるため、清美さんは「本当にありがたい」と語る。

 資金面以外でも、日体大の支援は手厚い。馬術部はないが、ジムなどの施設が利用できる。ドーピングに関する知識も教えてくれる。高校は日大の準付属で進学に悩んだ時期もあったが「日体大に入学したのはかなり大きいこと」とその選択に満足している。
 ≪現状≫96年アトランタ・パラから正式種目となった馬術。日本は初めて選手を派遣した00年シドニー・パラで吉田福司(グレード3)が6位となったが、それ以降メダルはおろか入賞もない。

 近年は健常の馬術選手や競馬の騎手などが事故や病気によりパラ馬術に転向してくるケースも多い。昨年の世界選手権に出場した高嶋活士(グレード4)は元JRA騎手、リオパラに日本人唯一出場した宮路満英(グレード2)はかつてG1馬も担当したことがある調教助手だった。幅広い知識と経験を持った選手が強化指定選手に選ばれており、選手層の厚みが増しつつある。馬術人気が高く、多数のメダリストを輩出している英国などの、欧州勢の牙城を崩せるかがメダル獲得への焦点となる。

 ◇吉越 奏詞(よしごえ・そうし)
 ☆生まれ 2000年(平12)8月7日、東京都目黒区
 ☆サイズ 1メートル67、62キロ
 ☆学歴 日出高(現目黒日大高)→日体大
 ☆趣味 特になし。「休みの日も馬のことを考えています」
 ☆好きなタレント 広瀬すず
 ☆家族構成 母と兄
 ☆国際大会実績 18年4月ベルギー大会8位、5月ノルウェー大会2位、7月ドイツ大会6位

続きを表示

この記事のフォト

「渋野日向子」特集記事

「ラグビーワールドカップ2019日本大会」特集記事

2019年7月22日のニュース