アメフトはどこが面白いの? それは「悲劇」と「アバター」が多いから
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】日大の悪質タックルの一件で、これまでアメリカン・フットボールを見たことのない方も関心を寄せられたと思う。そしてこう感じていないだろうか?
「ルールが難しいし、どこが面白いの?」。
選手やフットボールに携わった方々は「何をいまさら」と感じるかもしれないが、私なりに説明してみたい。私にはこの競技の選手歴はないが、記者となって30年以上、取材は続けている。米国の各大学を渡り歩き、多くの選手とコーチ、スカウトに会った。もちろん大上段に構えて「絶対こうなんだ」という論理は持ち合わせていない。それでも少しだけ姿と形は見えている。戦争を模倣したかのような競技の特性や、複雑な戦術、迫力ある肉弾戦といった部分にはタッチしない。おそらく多くの人が語り尽くしているから私は距離を置いておこうと思う。
さてアメフトなる競技を面白いと感じるのは“多くの悲劇”があるからなのだ。断っておくがこれは私の見解ではなく、2014年8月にロサンゼルス・タイムズに掲載された記事の中に出てくる内容。この記事では古代ギリシャの哲学者アリストテレスが、当時舞台で演じられていた物語としての悲劇に多くの人が共感する姿を見て「美的充実感とはそれが何を模倣しているかを理解したときに感じる喜びなのだ」と記したことに論拠を置いている。
見ていたものを自分の人生と比べるのは喜劇か悲劇か?皆さんも考えてほしい。前者から得るのは笑いであり、後者からは「かわいそう」「悔しい」「気の毒」といった様々なネガティブな感情が湧き出てくるだろう。「こんなふうにならなくてよかった」と、自分の人生を重ねて比べることもあるかもしれない。隠喩であっても観客は何かに結び付けようとするから、悲劇からはアリストテレスの言う美的充実感というのが生まれやすい。つまり暴力を含めて身近な社会の病巣が見えるからのめりこみやすい…。記事にはそんな印象を持った。
さてアメフトを考えよう。好守ともに1チーム11人。これだけですでに同一チームに22人がいる。キックなどのスペシャルチームを加えるとさらに選手数は増え、米プロフットボール・リーグ(NFL)では53選手で1チームが構成されている。夏のキャンプには100人前後が所属。そこに監督やコーチ陣、さらにスタッフを加えると最も多い時期で120人近い大所帯となる。
しかし試合をやると当然のことながら勝つのは1チームだけ。すると試合が終わった瞬間、あらゆるスポーツを含めておそらく最大数の“敗者”が誕生する。全員にドラマがあるとすれば悲劇の数は3ケタ。しかも勝者とて激しいコンタクト・スポーツゆえに故障者が出る。だから“気の毒感”はどちらにも出てくる。アリストテレス説が正しければ、残酷なようだが美的充実感を味わえる要素がここにはたんまりと含まれている。
無防備だった選手への違法タックルへの追及、対応の遅れた大学への責任、言い逃れをしているように見える監督とコーチ。すでにこれだけで今回の“悲劇”の3点セットがそろっている。今回の一件に興味を示す人が続出したのは「そこに自分を重ね合わせて比べた人が多いから」というのはあながち間違っていないような気がする。
なぜアメフトが面白いのか?次に自分の意見を述べておく。もちろんアリストレスのような論理は構築できないのでご容赦を。自分の経験から見えた部分を記しておく。
1980年代の後半、テネシー州ノックスビルの小さなホテルで、NFLの数チームと契約しているローカル担当のスカウトと夕飯を共にした。分厚い手帳を持っているので「何を書いているのか?」と聞いたら「選手の特徴だ」という。ちょっとだけ見せてもらった。ただしすぐに違和感を覚えた。NFLのドラフト候補なのに身長やサイズが記されていなかった。「体格がわからないでしょう?」と聞いたら、「肝心なのはサイズではなく、何ができるのかなんだ。ほら、能力の種類とグレード(A〜E)は書いているだろう。下手にサイズを書いてしまうとそれに惑わされてしまうからね」というのが彼の答えだった。
アメフトが分業制であることは皆さんもご存じだろう。私が関わったNFL選手の中で最低身長と最長身の身長差は41センチ(1メートル65〜2メートル6)、最軽量と最重量の差は110キロ(70キロと180キロ)だった。この2つを足した「大小指数(私が勝手に命名)」は41+110で151。あらゆる球技において、アメフトの数値を超えるものはない。(たぶん)。
「相手を押しのける怪力の持ち主」「狭い隙間をくぐりぬける小さな選手」「やたら足が速い人」「ずば抜けて手が長いか手のひらが大きい人」「バレリーナのようにすぐれた平衡感覚がある人」「楕円形のボールを正確にかつ遠くへ投げるかもしくは蹴れる人」「相手がどこに動くかを誰よりも早く読める人」「足が短くて重心が低い人」。アメフトが求める人間を「何ができるか」に焦点を当てると、いろいろなタイプが出てくる。つまりどんな身長でもどんな体重でも、このスポーツでは必ず「求められる素材」が存在する。それはこの人間社会とも同じで、観客は自分の分身に近い「アバター」を実に見つけやすい。このスポーツ界屈指の“間口の広さ”が、競技に対する興味と感心を引き寄せている私は思っている。
4月28日。NFLドラフトの最終日にシーホークスは5巡目(全体141番目)でセントラル・フロリダ大のシャキーム・グリフィンという選手を指名した。双子の1人だったグリフィンは母タンジーさんの胎内にいたとき、胎盤が体に癒着する「羊膜索症候群」の影響で左手が奇形のまま生まれ、4歳で甲の半分から先を切断。しかし彼は日大の宮川泰介選手同様、QBに圧力をかけるパス・ラッシャー(ポジションはアウトサイド・ラインバッカー)として活躍し、アメフトの中に“自分自身”を見つけた1人だった。
昨秋に話題となったのは南カリフォルニア大のジェイク・オルソン。「網膜芽細胞腫」で12歳にして両目を失った彼はそれでもなおアメフトへの情熱を失わず、フィールドゴール(FG)やタッチダウン(TD)のあとに巡ってくるキックの際、後方にいるホールダーへボールを供給するロング・スナッパーとして腕を磨いた。そして9月2日のウエスタン・ミシガン大戦でついに公式戦に出場。TD後のわずか1プレーだったが、ホールダーに正確なボールを供給し、キックによる1点に貢献した。
どんな人でも受け入れる世界。どんな人も共感できる競技。悲劇の多さも心理的に注目度を上げる要因かもしれないが、私は自分自身を投影できる多種多彩なアバターがそこにあるからこそ、この競技を見たときに電気的な刺激が走ると感じている。
さてこれで「アメフトはどこが面白い?」という問いへの答えになっただろうか。ぜひともNHK人気番組のキャラ「チコちゃん」に聞いてみたいところだが、やっぱり「ボーっと生きてんじゃねよ!」と叱られるんでしょうかね…。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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