第50代横綱・佐田の山死去 理事長時代に改革案次々

[ 2017年5月2日 05:30 ]

土俵入りする佐田の山
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 大相撲の第50代横綱・佐田の山の市川晋松(いちかわ・しんまつ)氏が4月27日、肺炎のため都内の病院で死去した。79歳。長崎県出身。故人の遺志により、葬儀は親族で行った。現役引退後は名門・出羽海部屋を継承し、92年からは日本相撲協会の理事長を3期にわたって務めた。今年からは心筋梗塞を患い、入退院を繰り返していたという。

 現役時代は横綱に上り詰め、引退後は伝統部屋を受け継いだだけでなく、協会トップも6年間務めた。長きにわたって相撲の発展に尽力してきたが、03年の定年退職から14年、近年は体調不良が続いていたという市川氏が息を引き取った。

 1956年初場所で初土俵を踏み、激しい突き、押しを武器に番付を上げた。幕内3場所目の61年夏場所で平幕優勝。65年初場所後に第50代の横綱に昇進した。大鵬と柏戸の「柏鵬時代」に割って入り、柏鵬のように体格は恵まれなかったが、68年春場所の現役引退までに柏戸の5回を上回る、6回の優勝を飾った。引退後は年寄「出羽海」を襲名して出羽海部屋を継承した。

 伝統を重んじる相撲界にあって、92年からの理事長時代は改革に打って出た。92年の外国人力士の入門規制に始まり、95年には巡業の勧進元興行から協会自主興行への変更を実施した。理事長職に集中するため、96年には元関脇・鷲羽山に出羽海部屋を継がせ、「境川」の名跡で協会運営に当たった。同年には年寄名跡を協会に帰属させて名跡の売買を禁じるなどの私案を提示した。

 当時は「若貴ブーム」で空前の大相撲人気。「このままでは、いつか相撲界が苦しむ」と腹を決めての英断だった。結果的に親方衆の反発により頓挫して退陣に追い込まれた。だが、後に協会が公益財団法人に移行する際、最大の課題が名跡問題だった。時代の転換期に残した手腕は、後年に実現する形となった。

 厳格な人物で、弟子には厳しい指導を続けた。品格を求め「力士たるもの、はがき一枚出すにも着物で行け」と諭したこともあるという。故人の定年目前に「中立」の名跡を受け継いだ境川親方(元小結・両国)は「男の中の男。背中から全てを学んだ」と回顧した。

 ◆市川 晋松(いちかわ・しんまつ)1938年(昭13)2月18日生まれ、長崎県南松浦郡有川町(現・新上五島町)出身。17歳だった56年初場所で初土俵。5年後の61年初場所で新入幕。65年春場所で新横綱となった。68年春場所に横綱在位19場所で現役引退した。幕内通算は435勝164敗61休。三賞は殊勲賞、敢闘賞、技能賞とも1回ずつ受賞。引退後は年寄「出羽海」を襲名して出羽海部屋を継承。92年から98年まで理事長を務めた。

 ▼日本相撲協会・八角理事長(元横綱・北勝海) 突然の訃報に接し、思いがけないこと故、驚いております。約6年間にわたり、相撲協会理事長として相撲道の継承と発展にご尽力いただきました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 ▼尾車事業部長(元大関・琴風) 巡業改革の時に一緒に仕事をした。勉強させていただいたことは懐かしい思い出。先々の協会の存亡を考えていた。ちょっと時期が早くて反対意見があったけど、やろうとしていることは間違っていなかったと思う。

 ▼春日野広報部長(元関脇・栃乃和歌) 驚いているし、残念。稽古場で(背筋を伸ばした)姿勢が変わらなかったのが印象的だった。力尽きるまでやれと言ってくださったのを覚えている。(同じ出羽海)一門に誇りを持っていた。同じ思いで継承していかないといけない。

 ▼出羽海親方(元幕内・小城ノ花) 本当に怖くて、稽古場で座っていた時にはオーラがあった。だけど普段、お酒を飲むときはにこにこしていろんな話をしてくれた。(市川氏が出羽海部屋の師匠を務めていた頃は)力士も多くてにぎやかで、関取衆も4、5人はいた。そういう部屋にするのが恩返しだと思う。

 ▼相撲博物館・石山五郎館長(元横綱・三重ノ海) (市川氏には)師匠として指導を受けた。稽古場は厳しかったけど日頃は温かいところもあった。理事長として、協会の繁栄のために頑張っておられる姿は印象深い。協会に対する思いとか、勉強になったこともある。

 ▼市川氏の弟子で解説者の舞の海秀平氏(元小結) 私にとって永遠の師匠だった。現役引退後に相撲界を離れる時は「内側だけでなく、外側から支える力も角界には必要なんだよ」と送り出してくれた。いただいた教えは一生忘れない。

 ▼横綱・白鵬 会ったことはある。がっしりしてかっこいい人だなと思った。(現役時代の)映像も見たことがある。私の好きな大鵬関の時代の土俵を沸かした人だから、寂しい思いはある。

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