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【井原正巳 我が道15】アジア杯制しW杯へ手応え 中東勢に勝って自信深めた

[ 2025年7月16日 07:00 ]

アジアカップ優勝に喜びを爆発させる
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 1992年(平4)8月のダイナスティカップ優勝で自信を深めた日本代表は、10月に広島で開催されたアジアカップに臨んだ。1次リーグは苦しみ、初戦のアラブ首長国連邦(UAE)、第2戦の北朝鮮と連続ドロー。最終戦のイラン戦にカズさん(三浦知良)のゴールで1―0で勝って1次リーグを突破、カズさんの「魂こめました」のコメントは有名になった。準決勝の中国戦はGK松永成立さんが途中で退場になり、急きょ出場した前川和也がミスをして追いつかれたが、最後に中山雅史が決めて勝った。決勝はサウジアラビアとの対戦で、高木琢也がクロスを胸トラップして決めたゴールで1―0の勝利。サンフレッチェ広島の高木と森保一の地元開催での活躍はドラマのようで、こういう展開はチームに勢いが付くし、日本サッカーの盛り上がりも肌で感じた。

 中東勢、特にUAEやイランには実力のある選手がいたので、そういう国に勝てたのも大きかった。W杯が現実のものとなり、「行けるんじゃないか」という思いも強くなってきた。

 年が明けて2月にイタリア遠征を行い、ユベントス、インテル・ミラノ、レッチェと対戦した。イタリアはリーグ戦の最中で選手のコンディションは上々。シーズンオフに来日するチームとは質も強度も違う、最高の経験ができた。おかげで「欧州を相手にこれだけできれば、アジアの選手には負けない」と思うようになった。オフト監督の狙いもそこだったと思う。

 3月にはキリンカップでハンガリー、米国と対戦し、いよいよ4月にW杯米国大会アジア1次予選がスタートした。日本、タイ、スリランカ、バングラデシュ、UAEの5カ国が2カ所の集中開催で対戦し、1位チームが最終予選に進出する。第1ラウンドが日本、第2ラウンドがUAEだった。「1次予選は勝って当たり前」という風潮だったが、前回のW杯イタリア大会はアジア1次予選で敗退しているので油断はできない。その中で、開催地が日本が先だったのは大きかった。

 神戸ユニバー記念競技場で行われた初戦でタイにカズさんのゴールで1―0で勝って好スタートを切り4戦全勝。第2ラウンドも白星を重ね、最終戦で2位UAEとグループ突破を懸けて激突した。引き分け以上の条件の中、先制されたが、途中出場の沢登正朗のゴールで追いつき、最終予選進出を決めた。

 5月9日夜にUAEから帰国、6日後の15日にはヴェルディ川崎対横浜マリノスのJリーグ開幕戦(国立競技場)に備えた。横浜マリノスは、私のほかに松永さん、DF勝矢寿延さん、小村徳男、MF山田隆裕の5選手が選ばれていたので、チームとしての練習はほとんどできなかった。私はじっとしているのが嫌いで、帰国翌日から体を動かした。開幕戦のチケット約4万枚に対して応募が78万6000通と凄いことになっていた。インターネットが普及していない時代で、UAEで戦っていた私たちはあまり日本国内の盛り上がりを知らず、サッカーに集中できたのは幸いだった。

 ◇井原 正巳(いはら・まさみ)1967年(昭42)9月18日生まれ、滋賀県出身の57歳。守山高から筑波大を経て横浜Mの前身の日産入り。磐田と浦和でもプレー。アジアの壁と言われ、大学2年生の時に日本代表入り、ドーハの悲劇とジョホールバルの歓喜を経験、98年W杯フランス大会に主将として出場。代表通算122試合。引退後は北京五輪代表コーチ、柏コーチ、福岡監督、柏監督を務めた。現在は解説者、6月にU―20Jリーグ選抜監督も務めた。7月から韓国2部・水原コーチ。

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