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元なでしこジャパン鮫島彩が引退会見「やりきった」引退は「今週」決断 気になる今後は「学業が…」

[ 2024年5月25日 18:03 ]

引退会見に臨む鮫島彩
Photo By スポニチ

 サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」で長く活躍し、今季限りで現役を引退するDF鮫島彩(36=大宮)が25日、今季最終戦を終え、NACK5スタジアム大宮で引退会見に臨んだ。

 会見冒頭では「先日発表させていただいた通り、今シーズンで引退する決断をいたしました」と語った。

 そして、「ここ数年は長年、頭のどこかに(引退の考え)はあって、(引退を決断した時期は)いつかと言われたら、今週。自分の中でしっかりとやりきったなっていう気持ちになれた。このメンバーに囲まれて引退したい思いがあったので、こういった決断に至りました」と続けた。涙はなく、すがすがしい表情で語った。

 セカンドキャリアについては「明確なビジョンは今の時点ではないけど、いろんなことにチャレンジしていきたい。2022年から大学院に通ってるので、まずは学業が残ってるので、論文を書いたり全うしたい」と話した。大学院ではWEリーグの観衆について研究しているといい、「裏方や集客に関することに昔から興味があるので、そういうことに触れていけたらいいなと思う」とうなずいた。

 長くなでしこジャパンで活躍。「(11年W杯で)優勝して、なでしこブームがきて、(16年)リオ五輪(予選で)敗退して認知度や人気が下がってしまったと思ってて、代表の責任って凄く大きいと感じてきたけど、今のなでしこの選手たちは世界で結果を残せる選手たちがそろってる。五輪は普段はサッカーに興味をもってない方も見る大会。なでしこらしく、粘り強く戦って結果を残してほしい」と後輩にエールを送った。

 報道陣から「自分を褒めてあげるとしたら」と問われると、「たぶん、自分を褒めることが得意ではない。得意な方がいいと思うけど、ぱっとは思いつかない。それも自分らしくていいかなと思う。巡り合わせが良かったと思うことがたくさんあるので、自分を褒めるというより、今まで出会った方たちに感謝を伝えたい方が大きい」と周囲への感謝を口にした。

 栃木県出身で宮城・常盤木学園高を経て、東京電力時代は福島県双葉町で寮生活、原発で働いた。11年3月11日の東日本大震災によるチームの活動休止を受け、葛藤を抱きながら米国に新天地を求めたこともあった。

 元々はアタッカーだったが、当時のなでしこジャパンの佐々木則夫監督のコンバートで開花した。左サイドバックを主戦場に11年W杯ドイツ大会で優勝に貢献。仙台(現マイナビ仙台)やINAC神戸などでも活躍した。

 ◇鮫島 彩(さめしま・あや)1987年(昭62)6月16日生まれ、栃木県出身の36歳。小学1年時にサッカーを始め、宮城・常盤木学園から東京電力に加入。フランス1部モンペリエ、仙台、INAC神戸などを経て、21年から大宮でプレー。不動の左サイドバックとしてW杯は11年ドイツ大会優勝、15年カナダ大会準優勝、五輪は12年ロンドン大会銀メダルに貢献した。日本代表通算114試合5得点。1メートル63、54キロ。利き足は右。

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