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内田語録【06~08年】Jオールスター戦初出場「夢のよう」日本代表初招集「うそでしょう?」

[ 2020年8月20日 22:50 ]

鹿島・元日本代表DF内田篤人 引退を表明

鹿島DF内田篤人
Photo By スポニチ

 現役引退を表明したJ1鹿島の元日本代表DF内田篤人(32)は、率直かつマイペース、ユーモアとウィットに富んだコメントでも人気を誇った。“内田節”とも呼ばれた主な発言とともにキャリアを振り返った。

 【2006~08年】

 「テレビで見ていた選手たちと一緒にプレーできて夢のよう」
 静岡・清水東高からJ1鹿島に1年目から右サイドバックの定位置を奪取。2006年7月、18歳で史上最年少出場を果たしたJリーグ・オールスター戦で。
 
 「五輪代表は意識していなかったので、びっくりです」「日の丸を背負って軽いプレーはできない」
 18歳だった2007年2月、反町康治監督率いるU―22日本代表に飛び級で招集されて。

 「うそでしょう?」
 2007年4月、19歳でオシム監督率いる日本代表に初招集されて。

 「うれし泣きしたのは初めて。みんなの顔を見たらうれしかった」
 2007年12月、鹿島で自身初のJ1優勝を決めた清水戦後に号泣。19歳でシャンパンファイトには参加できなかったが「まあいいんじゃないですか」。

 「今年は質を上げたい。謙虚さや向上心を忘れずに自分らしくやりたい」
 2008年1月、地元の静岡県函南町で行われた成人式で。同月の日本代表合宿に向けては「まずはあいさつから。(先輩達が)凄すぎて怖い」。

 「鹿島でのデビュー戦ほど緊張はしなかった」「次、チャンスをもらえればできる気がする」
 2008年1月、親善試合でチリ戦を相手に19歳で日本代表デビュー。岡田武史監督に先発に抜てきされた。
 
 「ヘディング?Jではないし、高校でもあったかな?。代表でゴールできずにいる人もいる中で、記録に残ったことはいいことだけど…。恥ずかしい」
 2008年6月、W杯アジア3次予選バーレーン戦で日本代表初ゴール。20歳87日は日本のW杯予選最年少得点を記録。0―0の後半45分、クリアボールを頭で返し、バウンドして相手GKの頭上を越えるラッキーなゴールに。

 「ナイジェリアは非常にタフだった。世界ではああいうチームと戦わないといけない。個人的には大した試合をしていない」
 2008年8月、北京五輪1次リーグ第2戦で1―2で敗れたナイジェリア戦後に。この試合で左脇腹を負傷し離脱。

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2020年8月20日のニュース