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何も残さずに何かを残す日本の文化 サッカーのW杯で感じた無形の財産

[ 2018年7月5日 10:00 ]

スタンドでゴミを片付ける日本のサポーター(AP)
Photo By スポニチ

 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】フロリダ州のあるアメフト強豪大学を訪れた時のことだった。私がインタビューを希望したQBは行儀があまりよくなかった。取材場所はキャンパス内にある体育局のオフィス。20分ほどのインタビューの間、彼は自分で持ってきたハンバーガーの“もぐもぐタイム”に没頭し、私の質問を聞いて真剣に答えを考えているようには見えなかった。

 そのあと退室。私と彼との間にあったテーブルにはハンバーガーを入れてきた紙袋とケチャップが空になった小さな袋、さらにコーラのカップとストローが残された。

 別に意識したわけではない。部屋に残っていたのは私1人だったので、そのゴミを私は片づけて別に持参していた袋に入れた。そこに体育局の若いスタッフが入ってきた。「何をしているんですか?」と言うので、「ゴミを片付けているだけですよ」と答えると、相手はきょとん。「そんなことをやった記者はあなたが初めてです」と彼は笑いながらも怪訝な表情を浮かべていた。

 掃除当番の経験がある日本人なら別に不自然な行為ではないだろう。ただ文化とか考え方の違いはどこにでもあって、私の何気ない行為は米国人の目にはことのほか奇異に映ったようだ。

 サッカーのW杯ロシア大会では、日本のサポーターと日本代表の「後始末」が大きく報じられている。スタンドのゴミを拾い、負けたにもかかわらずロッカールームをきれいにして去っていったその姿はいろいろな国から賛辞を集めた。

 ただし多くの人が感じているように“美談”にしてもらいたいゆえの行為ではないだろう。これも試合、そして試合観戦の一部。当たり前のことを自然にやったにすぎない姿がそこにあったのだと思う。

 むしろ喜ばしいのは、自分たちの考え方やふるまいと違ったことをやっている人間がそこにいたことを理解してもらったことではないだろうか。「こんなことをしていた面々が同じ大会にいた」。その記憶を残せたのならば、ゴミを片付けた行為には大きな意味がある。なぜなら宗教、民族の違いを理由にさまざまな争いが続いている世界情勢を考えると、「何かが違っていても共存できる」というイメージを日本はロシアから発信できたと見ることができるからだ。

 1980年代の後半、米国から日本の女子プロゴルフ・ツアーに参戦していたある選手に「これを5枚コピーしてくれませんか?」と1枚の書類を渡されて頼まれたことがある。場所はゴルフコースのクラブハウス内にあったプレスルーム。そこにはコピー機があったのですぐに用件は片付いた。そのままバラバラの状態で渡すのもなんだったので、私はクリップで計6枚の書類をまとめ、クリアファイルに入れて彼女に手渡した。すると「どうしてこんなに早く、しかも私のために親切にやってくれるのですか?」と驚かれた。

 「いやいや、それほどの親切心は持ち合わせていない。どんな記者でもその程度のことはやりますよ、私は特別なことはしておりません」。本心はこうだったが、せっかく褒めてくれたので「こうすればあなたが早く帰れるし、書類もなくさないでしょ」と答えると、彼女の目はちょっと潤んでいた。(大げさではありません)。

 米国で競争社会に身を置くと周りが全部“敵”に見えるのだろう。一方、掃除当番と日直などという役割を小さな頃から担っている日本人は頼まれれば「NO」とはダイレクトには言わない。異なる文化とぶつかって溶け合うと、日本という“色”は結構な確率でその存在感を発揮する。私はいつもそう思っている。

 ロッカールームとスタンドに何も残さなかったサッカーの日本代表とサポーター。何も残さなかったからこそ「何かが残った」大会だった。

 「来たときよりも美しく」。それをモットーにしているイベントの主催者は日本にはたくさんいる。東京・下町で毎年夏に開催されるあるジャズ・フェスティバルでは、イベントが終わった翌朝に打ち上げで徹夜したはずのスタッフがメーン会場の広場をきちんと清掃している。ことのほか美談にはしないが、ここから生まれる形のない文化は、これからも大切にしてほしい。

 ベルギーに勝てなかった日本代表。でも、いつかサポーターが優勝時に舞う紙吹雪をひとつ残らず片付ける日々が来ることだろう。そのときまで、日本の“色”は失ってはいけない。違っているからこそ尊いものが、世の中にはまだたくさん残っている。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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