三浦春馬さん 切り離せない母親の存在 友人心配「悩んでいる様子だった」

[ 2020年7月20日 05:30 ]

19歳当時の三浦春馬さん
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 18日に都内自宅マンションで亡くなった三浦春馬さん(享年30)は、10年ほど前に芸能界から退くことを一度決意した。その時、一体何が起きていたのか。なぜ俳優業を離れようと考えて、それでも続けた理由は何だったのか。そこから浮かび上がる事実から、今回の悲劇が起きた原因を探った。

 三浦さんが役者をやめようとしたのは19歳の時だ。2009年の日本テレビ「サムライ・ハイスクール」と10年のTBS「ブラッディ・マンデイ シーズン2」で若手俳優としては異例の2クール連続で主演を務め、多忙を極めた。

 関係者によると「当時はセリフを覚えることもままならず、精神的にも追い詰められていた」という。地元の茨城に戻り、農業の道に進むことを模索。親しい仕事仲間によると「俳優をやめたいという思いを真っ先にぶつけたのが母親だった」という。生前三浦さんは当時のことについて「とにかく逃げ出したかった」と振り返っており「母親に説得されて思いとどまった」と明かしている。親しい友人も「当時お母さんは、役者をやめるべきではない理由を具体的に挙げながら強く引き留めたと聞いています」と話しており、三浦さんにとって母親の存在がいかに大きかったかを物語っている。

 三浦さんが俳優の道に進むきっかけをつくったのも母親だった。幼少期は茨城で母親と継父と祖母の4人暮らし。近隣住民は「お母さんの勧めがあって春馬さんは地元の児童劇団に通いました。デビュー後にはお母さんもしょっちゅう上京し、春馬さんの面倒を見ていた」と語る。

 仕事は順調に増え、金銭面では三浦さんが母親を支えた。家族を知る人によると「お母さんはお金に無頓着で春馬さんを頼りにしているところはあった」という。

 いつも明るく仕事に取り組んでいる三浦さんだったが、ごく親しい友人だけに見せていた異変が起きたのは3年ほど前。「自暴自棄になって劇的に酒量が増え、大丈夫かとみんなが心配していた」と友人。これはかつて交際していたダンサーの菅原小春(28)と破局したタイミングではあるが茨城の実家を取材したところ、近所の住民は「ちょうどそのころお母さんが、継父と暮らしていた実家を祖母と一緒に出て、地元からいなくなった時期です」と話した。

 三浦さんと親しい友人は「それ以降、お母さんと会ったみたいで、本人がそれで何か悩んでいる様子だった。それで心配していたんです」と語った。そんな中で突然起こったあまりにも痛ましい死。警視庁でも、母親が何らかの事情を知っているのではないかと話を聞いている。

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