清原氏、今も続く薬物との闘い…“戒めの青いハンカチ”を手に新たな目標へ

[ 2020年6月16日 05:39 ]

清原和博氏 本紙インタビューに独白

「戒めの青いハンカチ」を手にインタビューに応じた清原和博氏
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 4年間の執行猶予が解けた清原和博氏(52)だが、その4年間は「薬物依存症」「うつ病」に苦しむ長くつらい日々だった。薬物による後遺症を抱える一方で、依存症からの回復を手助けする「依存症予防教育アドバイザー」という新たな目標もできた。回復に向けたこれまでの取り組みとは――。

 インタビューを受ける清原氏の右手には青いハンカチが握られていた。逮捕後、留置場で500円で買ったものだ。「あの時の後悔の気持ちを忘れないよう肌身離さず持っています。自宅でもテーブルなど目につく場所に置いています」。薬との決別に向けた心の支えでもある。

 「(薬物の後遺症で)耳鳴り、手の震えが収まらない。うつ病で目がかすむこともあります」。この4年間は薬物依存症と、依存症の後遺症で患ったうつ病との闘いだった。16年10月頃から、弁護士の紹介で都内にある精神医療専門の施設に足を運んでいる。「この4年間、一度も薬物治療を休むことなく通院できました」。現在も2週間~1カ月に1度のペースで通院中。そのたびに尿検査を受けている。依存症の克服に向け、医師からアドバイスも受けているが、同時に抗うつ剤も処方されてきた。「感情が自分でも驚くほど抑え切れなくなることがあるんです」。1日4回、欠かさず薬を飲んでいる。

 清原氏が逮捕後、初めて公の場に姿を現したのは18年8月21日の夏の甲子園決勝「大阪桐蔭―金足農」戦を観戦したとき。19年には野球関連のイベントに3度出席し、回復ぶりを印象づけたが、一時はうつ病の薬を服用中にご法度である酒を飲んだこともあった。「できれば、うつ病の薬はやめたい。副作用で食欲増進があるので、今も以前に比べて太ってしまった。でも、飲まなかったら自分がどうなってしまうのかが怖い」。カーテンを閉め切った自室で、今もうつ状態への恐怖と闘っている。

 1年ほど前から同じ薬物依存からの回復を目指す有名人と意見交換する「自助グループ」に参加している。月に1度の会合だが、共感し合うことに効果があるという。また、その会で知った「依存症予防教育アドバイザー」の資格取得が当面の目標になった。依存症に対する誤解や偏見を取り除いて、回復を応援していくための資格で、8月か10月の講座を受講する予定だ。

 「残りの人生を野球と薬物依存症のためにささげることができれば」。ゴールの見えない闘いに清原氏はこれからも挑み続ける。青いハンカチを握りしめながら。

 【清原氏の事件経過】
 ▼2016年2月2日 警視庁が東京都港区にある自宅マンションを家宅捜索。覚醒剤取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕。
 ▼4日 所持容疑で東京地検に送検。
 ▼23日 東京地検が覚醒剤取締法違反(所持)の罪で起訴。警視庁は同法違反(使用)容疑で再逮捕。
 ▼25日 使用容疑で東京地検に送検。
 ▼3月15日 東京地検が使用の罪で追起訴。
 ▼16日 弁護人が東京地裁に保釈を申請。
 ▼17日 東京地裁が保釈を許可し、保釈保証金500万円を納付。保釈され、千葉県内の医療施設に入院。
 ▼4月1日 東京地検が、覚醒剤を譲り受けた罪で追起訴。
 ▼5月7日 東京地裁で初公判。起訴内容を認め、即日結審。
 ▼31日 懲役2年6月、執行猶予4年の有罪判決。
 ▼6月15日 判決確定。
 ▼18年8月21日 第100回全国高校野球選手権大会(甲子園)の決勝を観戦。
 ▼19年3月5日 母弘子さんが大阪市内の病院で心不全のため死去。78歳だった。

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