「半分、青い。」朝ドラに不可欠“喪失”が共感呼ぶ 永野芽郁が鈴愛のどん底を体現 「ロンバケ」南を彷彿

[ 2018年7月8日 10:00 ]

連続テレビ小説「半分、青い。」第79話の1場面。仕事も恋も絶不調、生気を失い、髪の毛もボサボサになった鈴愛のどん底を体現した永野芽郁(中)(C)NHK
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 女優の永野芽郁(18)がヒロイン・鈴愛を演じるNHK連続テレビ小説「半分、青い。」(月〜土曜前8・00)は折り返しを迎えた。俳優の豊川悦司(56)が怪演した人気少女漫画家・秋風へのロス現象も冷めやらぬ中、新章「人生・怒涛編」がスタート。ドラマ前半、3カ月かけて描いたのは朝ドラに不可欠な「喪失」だった。仕事も恋も失った鈴愛のボロボロの姿は、今作を手掛ける脚本家・北川悦吏子氏(56)の代表作「ロングバケーション」のヒロイン・南を彷彿。「みんなの朝ドラ」(講談社現代新書)などの著書で知られるドラマ評論家の木俣冬氏は、鈴愛の喪失感が視聴者の共感を呼び、高視聴率にも結び付いていると分析。その苦悩を全身で表現している永野の熱演を称えた。

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 「半分、青い。」が放送3カ月を過ぎてガラリと様変わりした。 第34話(5月10日)から第81話(7月4日)までの「東京・胸騒ぎ編(漫画家編)」が終わり、翌5日から始まった「人生・怒涛編」は前半の3カ月と後半の3カ月が一見きれいに切り分けられたかのようにも感じられ、今から見ても大丈夫そうだ。もちろん最初から見ている人は引き続き、鈴愛の人生行路を楽しめるだろう。

 主人公・鈴愛(永野)が大都会・赤坂でカリスマ漫画家・秋風(豊川)に弟子入りし、デビューした夢のような「東京・胸騒ぎ編」とは打って変わって「人生・怒涛編」の鈴愛は1999年秋、何もかも失くしたところからスタート。彼女にだけはノストラダムスの予言(99年7月に世界が滅亡するという都市伝説)が当たってしまったと言っていいかもしれない。「東京・胸騒ぎ編」のクライマックス、律(佐藤健)と完全な別れを経験して、漫画が描けなくなってしまった時の鈴愛の追い詰められた表情は多くの視聴者を震撼とさせた。

 鈴愛は、同じ日に生まれた“運命”の幼なじみで実は密かに結婚したいと思っていた律が他の女性(石橋静河)と結婚してしまった上、漫画を描く才能がないことを嫌というほど思い知らされて道を断念。時給750円の100円ショップ「大納言」で働きながら、安アパートで節約の日々を送っている。ただ、どうやら映画の助監督をやっている森山涼次(間宮祥太朗)と新たな心の通い合いがありそうで、ここからが主人公のリスタートである。

 ゼロからの再出発。この新章の始まりを見て思ったのは、今作を手掛ける脚本家・北川悦吏子の代表作の1つ「ロングバケーション」(96年、フジテレビ)の冒頭だった。「半分、青い。」の第65話(6月15日)、鈴愛の幼なじみ・ブッチャー役の矢本悠馬と菜生役の奈緒の出演によるパロディー風ドラマ「Long Version(ロングバーション)」が登場し、視聴者を沸かせた大ヒット作は、岐阜出身のヒロイン・南(山口智子)が結婚式当日、相手に逃げられ途方に暮れるところからスタートした。実は南はモデルの仕事もどん詰まり。年齢的にも先が見えず、気持ちが塞いでしまいそうになるところを空元気で誤魔化している。そんな時間を“神様がくれた休日”と捉えるという話で、偶然出会って同居生活を送るようになるピアニスト・瀬名(木村拓哉)と心を通わせながら、やがて幸せを手に入れる。多幸感あふれるラブストーリーで、社会現象を巻き起こした。

 始まって3カ月でヒロインが仕事も恋も失くした『半分、青い。』は、まるで連続ドラマ全11話分のさわりの部分を81話×15分(1215分=20時間15分!)かけて描いたかのよう。そう思うと、随分と丁寧な前振りであったことか。

 北川悦吏子のドラマには“喪失”がモチーフになっているものが多い。豊川悦司が聴覚を失った画家を演じた「愛していると言ってくれ」(95年、TBS)をはじめとして、「オレンジデイズ」(2004年 TBS)は耳を失聴した音楽家がヒロイン(柴咲コウ)、北川が監督した映画「新しい靴を買わなくちゃ」(12年)も一見パリで優雅に暮らしているように見えた主人公(中山美穂)はあることで深い喪失感に囚われていた。

 その喪失からの巻き返しが北川悦吏子のストーリーの真骨頂で「半分、青い。」も今後、ヒロインがどう巻き返していくか楽しみなところ。

 放送開始から何かと“朝ドラ革命”と注目されている「半分、青い。」は、言動が荒く何かと型破りな主人公やSNSによる宣伝戦略など、攻めの姿勢が頼もしくもあるが、通奏低音のように流れる「喪失」は朝ドラには欠かせないモチーフでもある。例えば、現在、NHK総合で夕方に再放送中の「カーネーション」(11年後期)もちょうど折り返しのところで終戦となり、戦争未亡人となったヒロイン・糸子(尾野真千子)はもう一度、洋裁の夢に向かって邁進していく。BSプレミアムで再放送されている「マッサン」(14年後期)も後半、戦争が起こり、主人公マッサン(玉山鉄二)と妻エリー(シャーロット・ケイト・フォックス)は苦悩する。「マッサン」の場合、最大の喪失は長年連れ添ってきたエリーの死である。

 前作「わろてんか」(17年後期)では、ヒロイン・てん(葵わかな)は夫・藤吉(松坂桃李)を病で亡くし、2人で作った寄席小屋も戦争で失いながらも常に笑顔で生きていく。前々作「ひよっこ」(17年前期)は戦争での喪失を急速に埋めていく高度成長期を舞台にするも、出稼ぎに出た父・実(沢村一樹)が行方不明になり、その不在が長らく主人公・みねこ(有村架純)の人生に影を落とすことになる。

 「あまちゃん」(13年前期)は現代劇であったが、東日本大震災に向き合い、東北の町を愛する少女・アキ(能年玲奈、現のん)の物語を日本全体の喪失と絡めて描き、アキの行動が深い祈りと感動を呼び起こした。

 喪失がない現代劇は「まれ」(15年前期)で、戦争を知らない時代、登場人物が亡くなることも、ヒロイン・希(土屋太鳳)が挫折することもなく、すべてを手に入れて生きていた。そのため「世の中を舐めすぎ」と先輩に批判される場面もあって、まるで視聴者の代弁のように聞こえたものだ。

 近代を舞台にした「半分、青い。」は「まれ」に似ていると指摘されることもあるが、主人公はもともと左耳の失聴というハンディキャップを持って生きていて、恋も就職もそのせいでうまくいかないのではないかというコンプレックスに悩む場面もある。それでも視点を切り替えて前向きに生きていくところが話の骨子だ。

 鈴愛は目下、幼い時から一番大事に思ってきた“魂の片割れ”のような存在だった律が結婚して離れていってしまい、漫画家の仕事にも挫折してアイデンティティーもなくなって、ないない尽くしのどん底である。おまけに、バブルも崩壊、世紀末を過ぎて日本が下り坂になっていくところ。

 「戦争」という大きな物語の中で“喪失”を描かずとも、鈴愛の個人的な“喪失”の物語が視聴者の心をつかむことをが『半分、青い。』の視聴率の高さによって実証されていると感じていたら、鈴愛の祖父・仙吉(中村雅俊)の戦争体験も第53話(6月1日)と第80話(7月3日)の2話にわたって語らせ(中村のギター弾き語り付き)、時代が「大きな物語」から「小さな物語」に移り変わっていく歴史も描いてみせたと言えるだろう。

 鈴愛役の永野芽郁は、この大きな物語から小さな物語の移行の時代を背負って、襲いかかる喪失に対する恐怖と苦悩を全身で演じているが、それに押しつぶされることなくはじき返す強さが印象的だ。自分を守ろうと叫ぶ彼女の声は、まるでピアノの高音のように強く響く。オープニングで華麗に披露しているリボンを回す技術を新体操の経験を活かして楽々発揮してみせる恵まれた身体能力と、何があっても失われない透明感とケロッとした表情は、朝ドラヒロインとして頼もしいばかり。

 鈴愛が喪失をどうやって埋めていくか、行く末を見守っていきたい。=敬称略=

 ◆木俣 冬(きまた・ふゆ)レビューサイト「エキレビ!」にNHK連続テレビ小説(朝ドラ)評を執筆。2015年前期の「まれ」からは毎日レビューを連載。著書「みんなの朝ドラ」(講談社現代新書)は画期的な朝ドラ本と好評を博している。16年5月に亡くなった世界的演出家・蜷川幸雄さんが生前に残した「身体」「物語」についての考察を書籍化した近著「身体的物語論」(徳間書店)を企画・構成。

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