月亭可朝さん死去 80歳 落語より目立った豪快人生

[ 2018年4月10日 05:30 ]

15年8月の追善公演「桂米朝一門会」で熱演する月亭可朝さん
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 コミックソング「嘆きのボイン」のヒットなどで知られたタレントで落語家の月亭可朝(つきてい・かちょう、本名鈴木傑=すずき・まさる)さんが3月28日午前3時28分、急性肺線維症のため兵庫県の病院で亡くなった。80歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は近親者で行った。カンカン帽と眼鏡、口ひげをトレードマークに人気を博したが、08年にストーカー行為で逮捕され、近年、テレビ出演はほとんどなかった。

 可朝さんの晩年は兵庫県西宮市のアパートで一人暮らしだった。

 昨年末に入院。友人によると、娘が入院中の世話をし、2月までは冗談も言えるほど元気だった。

 3月3日に80歳を祝う落語会「可朝まつり」(東京都中央区)を予定していたが、2月下旬に家族から主催者側に「体調を崩した」と延期の申し入れがあり、取りやめになった。可朝さんは2月27日、主催者のブログに「日ごろの不摂生がたたりまして、入院加療が長引くこととなりました。よりエロくなって高座に復帰いたします」と前向きなコメントを寄せたが、思いはかなわず、先月28日に息を引き取った。

 カンカン帽に眼鏡と口ひげの特徴的な外見としゃがれ声。上方落語会の落語家タレントの第1号的存在で、ギターを鳴らし、♪ボインはぁ〜…と歌いだす「嘆きのボイン」(1969年)は80万枚を記録した。ラジオ番組のリスナーを招待したイベントで、たまたま作詞作曲した歌。ギターのコードは3つしか弾けず、歌詞もほとんど即興だった。

 豪快な人生だった。1958年、三代目林家染丸に入門するも破門され、その後、故桂米朝さんに再入門。いわゆる「飲む、打つ、買う」を楽しみ、自宅が火事に見舞われた際には、命の危険も顧みず“浮気の証拠となる書類”を隣家の庭に投げ入れていたという。

 人気絶頂だった71年には、参院選に突然、無所属で立候補。友人の応援演説に行くはずが、気が変わって自分で出馬したもので、結果、レギュラー出演番組を急きょ降板する事態になり、周囲を仰天させた。さらに01年にも「一夫多妻制」「混浴推進」を公約に掲げて参院選に立候補したものの、落選した。

 08年には元交際相手にストーカー行為を繰り返したとして逮捕された。その後、日本テレビ「笑点」の東西大喜利に出演することはあったが、ほとんど表舞台に立つことはなかった。親しい友人の前では「ストーカーの可朝です」とあいさつするなど、明るく振る舞っていたという。

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