別に取って食おうとしているわけではない

[ 2016年9月14日 07:30 ]

藤井聡太新四段

 【我満晴朗のこうみえても新人類】バレーボール女子日本代表の名セッターだった中田久美さんに、こう言われたことがある。

 「なんか、いつも怖いんですよね…」

 えっ何が?と聞き返すと、なんと筆者の取材時の顔つきなんだそうな。そんなはずはない。本人としては微笑三太郎のようにナイス&温厚に接していたつもりだ。ところが中田さんからすると鬼瓦、もしくは阿修羅(あしゅら)のごとく見えたらしい。試合では心臓に毛の生えたような強気なトスを上げるクンちゃんが、まさかそんなことを気にしていたとは。

 以降、人と会う時はそれなりに笑顔でいようと心掛けた。免許更新時の写真撮影でも、指名手配時に採用されないよう、大げさなまでにほほえんだ。すると「歯を見せないで下さい」と怒られた。結局、口角だけを無理やり上げた変な顔になってしまった。

 10月1日付で史上最年少プロ棋士となる藤井聡太新四段(14)の取材中、そんなどうでもいい話を思い出した。9月3日の三段リーグ終局後の記者会見。東京・千駄ケ谷の将棋会館には50人以上の取材陣が駆けつけた。その大部分が容姿端麗からはほど遠いオッサン連中。無論筆者もそのカテゴリーに余裕で入っている。

 ニキビ痕の残る藤井新四段は、心なしかおびえていた。自分の倍近い年齢の大人たちをとっちめてきた対局とは勝手が違う。どこにでもいる普通の中学2年生だ。オッサン記者が繰り出す質問に答える声がまず小さい。どうにかコメントを絞り出すと、20秒ほどフリーズ。この連続だった。

 初々しいというより、痛々しい。彼にとって、われわれ取材陣は決して微笑三太郎には見えなかっただろう。

 もっとも基本的にはおめでたい場なわけで、時間の経過とともに硬さもほぐれてきた。時折、笑顔も見える。「だんだん実感がわいてきました」。徐々に肩から力が抜けていったようだ。14歳の素顔がほんの少しうかがえた。

 会見後、各社が顔写真の撮影に入った。一見、何げないショットに見えるが、これ、結構重要な「絵」。今後、将棋の世界で何か事がある度に「14歳時の藤井★段」として未来永劫(えいごう)使用されるからだ。それが免許証のように全国指名手配風の無表情じゃかわいそうでしょ?

 だから筆者の番では、可能な限り丁重に「スマイルでお願いします!」と声を掛け、威圧感を取り除いたうえで一眼レフを構えた。頼む思い切り歯を見せてくれ。

 これがその時の顔写真。うん、笑ってない。

 そんなにオレって怖いのか…。(専門委員)

 ◆我満 晴朗(がまん・はるお)1962年、東京都生まれ。ジョン・ボンジョビと同い年。64年東京五輪は全く記憶にない。スポニチでは運動部などで夏冬の五輪競技を中心に広く浅く取材し、現在は文化社会部でレジャー面などを担当。たまに将棋の王将戦にも出没し「何の専門ですか?」と尋ねられて答えに窮する。愛車はジオス・コンパクトプロとピナレロ・クアトロ。

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