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SMAP解散、ジャニーさんの胸中は!?

[ 2016年9月1日 10:30 ]

 【川田一美津の何を今さら】先日、何げなくNHKの「思い出のメロディー」を見ていた。懐かしい歌に「自分もそんな年齢になったのかなあ」と気づかされた。荒木一郎の「空に星があるように」は格別だった。自身の夢が時の流れとともにいつの間にか消え去ってしまう、そんな歌だ。1966年のヒット曲。当時、8歳の私がなぜこの歌を覚えているのだろうか。ふと昨年亡くなった父が時々口ずさんでいたことを思い出した。歌詞の最後は「ただの季節のかわり目の頃」。優しいメロディーに、世の中の無常を説いてるようにも聞こえた。

 先月14日未明、SMAPの年内解散が発表された。いまだに芸能マスコミだけは執拗に騒ぎ続けている。今年1月に起きた「独立騒動」は、いったん収束したかに見えたが、実はその裏でメンバーの間に取り返しのつかない亀裂が生じていたというのだ。「解散なんてするはずがない」と明言していた事務所のジャニー喜多川社長(84)の説得も及ばなかったようだ。

 ジャニーさんの彼らへの思い入れは当初から人一倍強かった。「何を今さら」と言われるかもしれないが、ちょうど25年前、突然、ジャニーさんの自宅へ招かれたことがある。都内にある高層マンションの豪華なリビング。眼下に広がる眺望を見ながら、社長自ら「とにかくすごいグループなんですよ」と熱く語り出したのが、SMAPのことだった。熱弁は1時間近くに及んだ。その時、私はSMAPの「ス」の字も知らず、命名の由来など一から十まで説明してもらった。わざわざ芸能記者を自宅にまで呼んで話をしたいという、その熱意は並々ならぬものだった。

 期待通り、彼らは日本を代表するアイドルグループになった。しかし、忙殺の時間を積み重ねているうちにメンバーの気持ちがいつしか離ればなれになってしまっていた。あるテレビ関係者によると、すでに数年前からお互いの携帯電話の番号さえ知らない状態だったという。デビューから四半世紀。「年内解散」が決まり、果たして今、ジャニーさんの胸にはどんな思いが去来しているのだろう。

 始まりがあれば必ず終わりが来るのは世の常。もうすぐ秋、これもただの季節のかわり目の出来事なのだろうか。(専門委員)

 ◆川田 一美津(かわだ・かずみつ)立大卒、日大大学院修士課程修了。1986年入社。歌舞伎俳優中村勘三郎さんの「十八代勘三郎」(小学館刊)の企画構成を手がけた。「平成の水戸黄門」こと元衆院副議長、通産大臣の渡部恒三氏の「耳障りなことを言う勇気」(青志社刊)をプロデュース。現在は、本紙社会面の「美輪の色メガネ」(毎月第1週目土曜日)を担当。美輪明宏の取材はすでに10年以上続いている。

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