荒木由美子 「私の手を握って」 震える手、円形脱毛症…深まった夫婦の絆

[ 2016年4月24日 11:35 ]

介護の日々を振り返る荒木由美子

荒木由美子「大人の魅力」(下) 

 かつてアイドル歌手として活躍した荒木由美子(56)は、20年にわたって認知症だった義母の介護を経験した。夜も眠れなかった壮絶な生活に「何度も心が折れそうになりました」と振り返る。「介護離職」「老老介護」など高齢化社会では、多くの人が直面する切実な問題だ。

 「介護」は、いつ終わるかしれない自分との闘いでもあった。神様から体力と忍耐力を試されているような思いがした。化粧をする時間もない。ふと鏡を見ると髪の毛はボサボサ。もう何年も美容院へ行っていないことに気付いた。思い切ってわずか2時間だけ、湯原にバトンタッチしてもらった。

 「あっ、お客さん、これどうしたんですか」と美容師の驚きの声。なんと後頭部に3カ所の大きな円形脱毛症ができていた。さらに、お茶を持つ手がブルブルと震えて止まらなくなった。過度のストレスが原因の自律神経失調症と診断された。

 荒木が義母の介護をすることになったのは、1983年9月、湯原と結婚してわずか2週間後のことだ。まだ23歳。芸能界からもキッパリと引退し、楽しい新婚生活を夢見ていた。そんなとき、義母が糖尿病から脚に血栓ができて手術を受けた。約2カ月間のリハビリ生活。退院後、今度は意味もなく不機嫌になったり、スーパーマーケットで大量の総菜を毎日のように買いこんでくるなどの異変が起きた。

 それから20年、一日も気の休まる日はなかった。そんな彼女の支えになったのは、夫の湯原だった。つらくて我慢できない時は、必ず自分の話を最後まで聞いてくれた。何度も心が折れそうになったが、「私の手を握って」と頼むとギュッと勇気を与えてくれた。涙が止まらなくなった夜は、いつも懸命に冗談を探してくれた。

 「彼がことあるたびに私に“ありがとう、本当にありがとう”って言ってくれたので、それがうれしかったですね。ほんのひと言ですけど、そばによき理解者がいるんだなって感じました。それでまた頑張ろうとなれたようです。本当に泣いたり笑ったりの繰り返しでしたね」

 高齢化社会が急速に進む。介護に関する情報は日増しに増えている。荒木は言う。「まずは施設やショートステイなど利用できるものは利用することです。そして、少しでも自分の時間をつくって気分転換を図ることですね。何よりも一人で抱え込まないことが大切」

 2003年1月、その母は天国へ召された。最後の最後まで「由美ちゃん、由美ちゃん」と荒木のことを誰よりも頼りにしていた。今でも亡くなる少し前、姑から言われたことを思い出す。

 「由美ちゃん、あなたの旦那さんは優しい人なの?」

 「うん、とっても優しい人よ」

 「夫婦はね、なめ合うぐらいにいつまでも仲良くしないとダメよ」

 この母のおかげで夫婦の絆は一層深まった。

 ◆荒木 由美子(あらき・ゆみこ)1960年(昭35)1月25日生まれ、佐賀県出身の56歳。76年、「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で審査員特別賞を受賞。翌年、「渚のクロス」でデビュー。主演ドラマ「燃えろアタック」で人気に。結婚を機に引退。07年に歌手活動を再開し、現在はタレント業と同時に講演活動も行っている。

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