中江功監督“怖い月9”の反響「意外」も…新境地&原点回帰に手応え

[ 2015年5月11日 09:00 ]

「ようこそ、わが家へ」の1場面。郵便受けへの嫌がらせに怯える倉田夫妻(左から寺尾聰、南果歩)

 「嵐」の相葉雅紀(32)が主演を務めるフジテレビ「ようこそ、わが家へ」(月曜後9・00)が異色の「怖い月9」として話題を呼んでいる。直木賞作家・池井戸潤氏(51)の同名小説を原作に、ストーカーの恐怖と企業の謀略に立ち向かう家族を描くサスペンスタッチのホームドラマ。演出を担当する名匠・中江功監督(51)は「怖いものを目指して作ったつもりはなかったので、意外でした」と反響に苦笑い。それでも、自身としては「眠れる森」(1998年)以来となる本格サスペンス&ミステリーに「『来週も見たい』という本来の連続ドラマらしい作品に久々に取り組めて、おもしろいです」と手応え。視聴者を恐怖に陥れた演出術に迫った。

 デザイナーの倉田健太(相葉)は温厚だが、気弱で争い事が大の苦手。ある日の夕方、帰宅する途中、健太が駅のホームで列車を待つ乗客の列に並んでいると、ニット帽の男が割り込み、女性を突き飛ばした。いつもなら黙って見過ごす健太だが、この日に限って男を注意。男は健太の傘につまずき、すごすごと、その場を立ち去る。

 電車からバスに乗り継いだ健太だが、途中で“割り込み男”が乗ってきたことに気づく。尾行されていたのか…。不安を覚えた健太は途中下車。何とか男を振り切り、帰宅する。翌朝、母親の珪子(南果歩)が世話している玄関前の花壇の花が無残にもすべて引き抜かれていた…。以来、倉田家には嫌がらせが相次ぐ。犯人は誰なのか――。

 第1話の放送中からインターネット上は「月9 怖い」の書き込みであふれ返った。評判は中江監督の耳にも届いたが「怖いものを目指して作ったつもりはなかったので、意外でした。丁寧に細かく撮っていったら、結果的に怖くなりましたが、むしろ別の効果が出てよかったと思います」と予期せぬ反響を歓迎した。

 第1話のラストは衝撃的だった。ドラマ序盤の“割り込み男”からの逃走劇は、分かりやすいハラハラドキドキ。一方、終盤は得体の知れない不気味さをじわじわと醸し出した。

 シーン73からシーン75。以下、オンエア上のカットを追う。早朝、健太、妹・七菜(有村架純)父・太一(寺尾聰)は母・珪子の悲鳴で目覚める。3人が2階から下りてくると、珪子は玄関の前にしゃがみ込み、両手で口を押さえている。珪子は怯えながら、目の前の郵便受けを指さす。“何か”が放り込まれていたのだ。郵便受けをのぞいた七菜は「キャー」と声を上げ、反射的に後ろに下がる。すると、リビングの電話が鳴った。

 健太以外の3人が家の中に戻る。健太はゆっくり郵便受けをのぞき込むと「何だよ、これ…」と絶句。引きのショットで、倉田家の一軒家の全景が映し出される。どんよりとした曇り空。健太は周囲を見回す。家の正面にある小さな丘に“何か”があるのに気づく。健太の驚いた顔のアップ。「ねぇ、何か変」という七菜の声で、健太も家の中に。電話器には白紙のファクスが流れてくる。郵便受け。ファクス。郵便受け。ファクスの最後に意味深な1行。そして、郵便受けに投げ込まれた“何か”をとらえる。さらに、ファクスの2行目。戦慄する家族。小さな丘から見る倉田家。丘にあったのは健太の傘だった――。

 「愛という名のもとに」「ひとつ屋根の下」など1990年代の数々の名作から「空から降る一億の星」「プライド」「Dr.コト―診療所」シリーズ、映画「冷静と情熱のあいだ」「シュガー&スパイス 風味絶佳」などで知られる中江監督。絵コンテは描かない。自身の台本にカット割りの線を引いて撮影を進める。

 台本上はシーン74の真ん中あたりで、早々と郵便受けに放り込まれた“何か”が明示されている。しかし、中江監督は最後までそれを映さなかった。「少しでも、1秒でも結論を後ろに延ばすのがクセなんです。それに結論を引っ張られると、見る側は前のめりになります。その時にパッと結論を出されると、見る側はビックリしますから」。音楽も相まって、恐怖は増幅した。

 「連続ドラマはオープニングとラストに全体の8割以上の力を注ぎます。そこが勝負どころ。特にラスト何分というのは、いかに引っ張って『来週も見たい』と思わせるかが本当の勝負ポイント。そのためにいろいろと考えた結果です」

 ラストカットの傘も台本には書かれておらず、中江監督のアイデア。「個人的にはかなり前から決めていました」。実は第1話のオープニングカットも傘だった。“割り込み男”は健太の傘につまずいて転んだ。“割り込み男”から逃げるため、バスを飛び降りた際に健太はバスに傘を忘れる。その傘がなぜ、家の前の小さな丘に…。郵便受け、ファクスで畳み掛け「終わりかな?」というところでダメ押しの“仕掛け”。小道具ながら第1話のアイコンを巧みに生かした演出だった。

 そして単純なホラーに終わらないのが今作の特徴。父・太一が会社の不正に立ち向かうパートはTBS「半沢直樹」の池井戸作品らしい企業ドラマが展開される。ストーカーに狙われながら、家族のパートはほのぼのとした会話が交わされ、コミカルな一面も。数々の名作を手掛けてきた中江監督だが「今まで、このテイストはなかったですね。バランスは難しいですが『眠れる森』(98年、中山美穂・木村拓哉主演のサスペンス)よりも振り幅があって、おもしろいです」と“新境地”を楽しんでいる。

 「いつもそうなのですが、単純に、おもしろいものを作りたいですね。漠然として、難しいですが」。思いがけず怖いという反響を呼んだが、それはおもしろいものを目指した結果。「どっちにしろ、テレビドラマはおもしろければいいと思うんです。自分が思っている方向と全然違っていたとしても。『来週も見たい』というのが連続ドラマのあるべき姿。『来週どうなるんだ』『最後どうなるんだ』というのが連続ドラマのおもしろみ。今回は本来の連続ドラマらしい作品に久々に取り組めて、おもしろいです。『来週も見たい』。それを最後まで続けたいですね」

 中江監督にとっては、新境地になると同時に、連ドラの醍醐味を味わえる“原点回帰”の作品。ストーカーとの闘いをはじめ、物語は中盤へ。その演出手腕は一層、冴え渡る。

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