鹿島DJのダニー石尾さん死去 フォー・セインツ、66歳

[ 2014年4月17日 14:21 ]

ダニー石尾さん

 音楽バンド「フォー・セインツ」のメンバーで、サッカーJ1の鹿島アントラーズでスタジアムDJを務めていたダニー石尾(本名=石尾豊)さんが15日午後1時27分、肝硬変と肝細胞がんのため死去した。66歳。

 ダニーさんが1993年のカシマスタジアム開場以来スタジアムDJを務めていた鹿島が17日、発表したもので、鹿島は「クラブとして謹んで哀悼の意をささげるとともに、ダニーさんの20余年の多大なる貢献に深く感謝の意を表します」と哀悼コメントを発表。葬儀は近親者のみで執り行われるが、クラブは後日、カシマサッカースタジアムで「お別れの会」を執り行う予定(詳細は後日発表)で、19日のJ1第8節・神戸戦では追悼セレモニーを実施。カシマサッカースタジアムのメインスタンド2階コンコースに献花台を設置し、キックオフ前に黙とう。鹿島の選手および関係者が喪章を着用する。

 また、クラブは遺族の「もう一度、カシマスタジアムに熱いシャウトを響かせる――。この強い気持ちと、サポーターの皆様やチーム関係者の皆様からの熱い励ましを糧に、時には家族や医師も驚くほどの生命力をもって病と闘ってまいりました。 2014年シーズン開幕後は、毎試合のように病室で応援し、チームの好調をとても喜び、その歓喜の中へ戻ることを強く思っていただけに、その願いが叶かなえられず、残念でなりません。1993年のJリーグ開幕より21年にわたりダニー石尾を慕い支えてくださった皆様に、故人になりかわりまして、心より感謝申し上げるとともに、チームの躍進とサポーターの皆さんの活躍を祈っております」とするメッセージも発表している。

 ダニーさんは1960年代後半に一世を風靡(び)したフォークソンググループの草分け的存在だった「フォー・セインツ」のメンバーで、ボーカル、バンジョー、ギターを担当。1968年のデビューシングル「小さな日記」が20万枚の大ヒットとなった。

 鹿島ではJリーグ創設元年の1993年からカシマスタジアムのスタジアムDJを担当。肝臓がんと診断され、闘病のためスタジアムDJの仕事を休養することになったと2月27日にクラブが発表した際には、クラブを通じて「必ずカムバックするので待っていてください」とコメントするなど復帰に向けた強い意欲を持っていたが、かなわなかった。

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