荒れる海…三国連太郎さん生涯を祭壇に 佐藤浩市「残してくれたもの大きい」

[ 2013年7月20日 06:00 ]

三国連太郎さんお別れの会で飾られた、海をイメージした祭壇

 4月14日に急性呼吸不全のため死去した俳優の三国連太郎さん(享年90)のお別れの会が19日、東京・六本木のグランドハイアット東京で営まれた。芸能関係者やファンら約1000人が参列。喪主を務めた長男で俳優の佐藤浩市(52)は参列者に「三国連太郎を目に焼き付けて送っていただきたい」とあいさつした。

 死去から3カ月以上が過ぎても、思わず愛憎半ばする思いが漏れた。佐藤は「ひどい父親?それは変わらないですよ」と苦笑い。幼少のころ、母と離婚した父への感情はそのまま。だが印象に残る言葉を聞かれ、「ないない。でも、その方が“らしくて”いいでしょ」と笑顔を見せた。続けて「それ以上に残してくれたものが大きい」と感謝の言葉を口にした。

 たばこをくわえた遺影は献花の瞬間、出演映画を流すスクリーンに変わった。佐藤の発案でデビュー作「善魔」(51年)や「大鹿村騒動記」(11年)など全24本を上映。「スクリーンの中に映る父を、皆さんの目に焼き付けて送っていただきたかった。そうしていただけたと思う」と満足そうに話した。

 会は「海峡を渡る日」と題し、祭壇も代表作の一つ、「飢餓海峡」(65年)をイメージした。トルコキキョウなど5000本で、荒々しい波を表現。「現世から来世へ渡る海峡です。もう少し凪(な)いだ海を渡らせてあげれば良かったけど」と、波瀾(はらん)万丈の90年を生きた父をねぎらった。

 三国さん出演映画の写真26点、直筆の書11点とともに、自身の長男を交えた3人の写真も飾った。「自分がここに立ち、弱々しい自分と向き合いながら仕事を続けていられるのも、三国の背中を見てきたから。受け取ったものを、どこまで理解したかは分からない。自分の中で守っていきたい」と口元を引き締めた。

 三国さんが生前に望んだ散骨については「分骨する中で散骨はあるでしょうが、基本的には納骨します」と話した。

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