【内田雅也の追球 解説・特別版】阪神オーナー交代 ライバル関係は“今は昔”年々強まる阪急の影響力

[ 2022年12月10日 08:00 ]

 今回明らかになった阪神のオーナー交代で気になるのは2006年、阪急との経営統合時に論議となった、いわゆる「30億円問題」である。

 阪急阪神ホールディングス(HD)が発足し阪神球団の親会社の親会社ができた。オーナー会議で親会社の変更、新規参入ではないかと指摘を受けた。野球協約上の預かり保証金25億円、野球振興協力金4億円、手数料1億円の計30億円の支払いを命じられた。前年05年に新規参入した楽天や球団を買収したソフトバンクが支払っていた。

 阪神はオーナー就任直後の宮崎恒彰氏らが各球団を行脚して理解を求めた。球団の永続保有に関する「誓約書」と、HD、阪神電鉄、球団3者の「球団経営、人事は阪神電鉄で決める」との「合意書」を提出。手数料を除く29億円の支払いを減免された。コミッショナーだった根来泰周氏(故人)も06年10月12日、HD初代社長で現在の会長、グループ最高経営責任者(CEO)の角和夫氏(73)と面会している。法律の専門家だった根来氏は「支配権は移るが経営権は従来通り」と見解を示していた。

 当時を踏まえれば、阪急出身の杉山健博氏(64)がオーナーに就くのはどうだろう。82年の阪急電鉄入社以来、阪急一筋できた。経営権の移行だと再論議の的になりはしないか。阪神上層部はいま、巨人など他球団上層部を訪ね、事情説明して回っている最中だ。06年の宮崎氏らの行脚を再び行っている格好だ。

 阪急一筋と書いた杉山氏も16年6月には阪神電鉄取締役に就任。今年4月まで務めた。阪神電鉄の経営者でもあったわけで、詭弁(きべん)はともかく「合意書」に反しない。推測だが、杉山氏が阪神電鉄社長に就けば構図は従来通りだ。

 今オフの岡田彰布監督(65)就任もHDの意向が反映されていた。退任を表明していた矢野燿大監督(54)に代わる新監督に球団が描いた原案は平田勝男2軍監督(63=当時・現ヘッドコーチ)の昇格だったが、藤原崇起オーナー(70=阪神電鉄会長)が承諾しなかった。

 阪神では長く「監督選任はオーナーの専決事項」。藤原氏が拒んだ理由は岡田監督実現を望む角氏への忖度(そんたく)だったと阪急、阪神双方の幹部が明かしている。阪急の影響力は年々強まり、今や監督人事も阪神独自で決められない。

 角氏は「阪急タイガースなどありえない。未来永劫(えいごう)、阪神タイガース」と語ってきた。言葉にうそはなかろうが、隠然と権力を示しているのは確かだ。

 阪神は10日が誕生日、87歳になる。35(昭和10)年12月10日、球団設立総会が開かれた。ライバル阪神に先んじられた阪急創設者の小林一三翁は「(球団創設の)方針が漏れたか」と日記に記した。その阪急も88年に球団を手放した。時代は巡り、阪神の存在感が薄れゆくのはどこか寂しい。(編集委員)

 ◇内田 雅也(うちた・まさや)1988年(昭63)1月に初めて阪神担当。ニューヨーク支局での2年半を除き、32年以上阪神取材に関わる。阪神を追うコラムとして、2004年から『猛虎戦記』、07年から『内田雅也の追球』を執筆。コロナ禍で開幕延期となった20年4~5月、過去33代の監督を総括した連載『猛虎監督列伝』で監督交代劇も描いた。著書に『若林忠志が見た夢』(彩流社)がある。59歳。

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