人気野球塾・JBS武蔵の下広志さんの動画は発見の宝庫 常識を疑え 「感覚と実際のスイングは違う」

[ 2021年12月31日 11:30 ]

野球スクール「JBS武蔵」の下広志コーチ
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 野球塾の指導者は本当に勉強熱心だ。それで飯を食っているのだから当然と言えば当然なのだろうが、進んだ知識を持つ方が多い。

 「JBS武蔵」の下広志さん(35)も気鋭のコーチの1人。「論文を読みあさった」とスイングのメカニズムを研究した上で、「身体、物理の法則に従って教えている」と、都内と埼玉県でスクールを開き、オンラインでも小中学生を教える。YouTubeで公開されているレッスン動画は好評で、7万5000人のフォロワーがいる。少年野球にたずさわる指導者や親は必見の内容。プロ野球元阪神のトレーナー、前田健さんとの対談は“神回”と言える。

 とはいえ、抵抗を覚える方がいるかもしれない。「上から振れ」、「軸足に体重を残して打て」、「腰を回せ」など、日本の少年野球界に浸透している教えを、真っ向から否定する内容だからだ。

 しかし、下さんのレッスンには説得力がある。背景にあるのは、世の中の動画技術の進化。体の使い方を、スローで、はっきりと、細かく見られるようになったことで、プロ野球選手が口にする感覚と、その人の実際のスイングとでは異なるケースが多々あることが、明らかになってきた。下さんの「その人の感覚と実際に起きていることとは異なる」という注意喚起を踏まえて、YouTube上に無数に存在するプロ選手のスロー動画を見ると、よく耳にする「バットを最短距離で出す」、「軸足に残して打つ」、「腰を回す」などの教えは、非常に注意すべき言葉であることがよく分かる。

 なぜ“取り扱い注意の言葉”なのかは、JBS武蔵の動画をチェックしてもらえれば、様々な野球の知識と同時に、答えを得られるはすだ。

 スイングや投球時の体の使い方を分かりやすく説明する下さんだが、選手時代は「相当な感覚派だった」と苦笑いする。2度の全国優勝を誇る千葉・習志野高校出身。強打の背番号1として、最後の夏は甲子園まであと一歩に迫りながらも、特別な野球観を持っているわけではなかったそうだ。クラブチームでプレーをした大学卒業後に野球塾を立ち上げたことが、理論家の道に進むきっかけになった。

 「目の前の子を教えてもうまくならない。そこで自分の経験則を捨てないといけないと気付いた。勉強をすると、とんちんかんなことを言っていたことも分かった」

 評判が評判を呼び、これまで1000人以上を教えた。今は、最新の測定・分析器機「ラプソード」も使って子どもを教える。ただし、進んだ理論も器材も、近い将来訪れるであろうハイテクな練習環境を想定しての予行演習であって、生徒を頭でっかちにさせるつもりはない。「メカニクスには限界がある。大事なのは土台」と、健康的な体づくり、運動能力の向上、メンタル面にも力を入れている。

 企業秘密に近いレッスン内容を、5年前から動画で公開するようになったのは、生徒の悲痛な声を聞いたことがきっかけだ。厳しい指導者がいるチームに所属したその子は、JBS武蔵に来るときは明るいにもかかわらず、練習がある週末になるにつれて、じんましんを発症し、おう吐を繰り返したという。最近でも、こんなことがあった。

 「その子は、普段は明るい子なんですけど、ある時表情が曇っていて。理由を尋ねると、チームで20打席連続でバントをさせられた、と。野球がつまんないって」

 チームの指導者にはその立ち場ならではの苦悩や難しさがあるのを理解しながらも、怒鳴り散らしたり、無用な懲罰を与えたり、勝利ばかりを追求して選手の年齢に見合った教え方をしないなど、子どもたちのためにならない指導がはびこる現状に、憤りを感じている。

 うまくプレーできない子が放置されたままでいいのか。「できない」を「できる」、「できる」を「もっとうまくなりたい」にする方法があるのではないか。YouTubeやSNSで発信するのは、子どもたちが上達して、野球をもっと好きになってほしい思いから。また、保守的な風潮に一石を投じるために、指導者にもメッセージを向ける。

 下さんは熱弁する。

 「僕らのような野球塾が必要とされない野球界になれば、野球が盛り上がるという仮設を持っている」

 野球塾のニーズの高まりは、「もっと違う教え方があるのでは?」、「こんな指導でいいのか?」と疑問を持つ親の増加の表れでもある。それと同時に、指導方法や当番制などで旧態依然とした環境が、少年野球チームの減少を招いている可能性がある。

 “お上”も黙って見過ごしているわけではなく、全日本野球協会はNPBと共催の指導者講習会を27年も開催し、よりよい野球環境の実現を目指している。しかし、現状は指導者の情熱が誤った方向を向いたままのチームも存在する。下さんは興味深い指摘をする。

 「動画を5年間やって思ったことは、本当に届いてほしい層は、SNSもYouTubeも見ないんです」

 野球塾は、うまくなりたい子が通う場所である一方で、所属チームでうまくいかない子の駆け込み寺になっているケースもある。これまで取材した「塾」の指導者は、子どもたちの悲痛な声をじかに聞き、誰もが現状を心配していた。そして、改善したいという強い思いを抱いていた。チームを持たない“野武士”たちの知識や情熱が、小中の野球界に新しい風を吹き込むと信じている。(記者コラム・倉世古 洋平)

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2021年12月31日のニュース