「録音」応援歌耳にして改めて実感 球場生観戦で“非日常”味わえる面白さ

[ 2021年6月15日 09:00 ]

応援歌に合わせタオルなど応援グッズを掲げる東京ドームの巨人ファン
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 プロ野球の応援団が存続の心配をしているという。風が吹けば桶屋が儲かる、ではないが、新型コロナと応援団が結びつくなんて誰が想像できただろう。無関係と思われるところに影響が出ている一例のように思う。

 「罪と罰」で有名なロシアの小説家、フョードル・ドストエフスキーは「人間とは、どんなことにもすぐ慣れる動物である」と言った。コロナ禍のプロ野球。選手もファンも今や「静寂」に慣れてしまったかのようだ。

 そんな交流戦期間中。東京ドームで変化があった。巨人の攻撃中に、録音された選手個人の応援歌が流されるようになった。得点圏に走者が進むとチャンステーマは流れていたが、それまでは静寂。テレビで見ていた方はそこまで感じなかったかもしれないが、生観戦の醍醐味であるあの感覚がよみがえった。

 昨年の日本シリーズ。ペイペイドームでは、ソフトバンクの選手個人の応援歌が鳴り響いていた。初回先頭打者から絶え間なく。しかも、電話先の相手の声が聞き取りにくいほどの大音量。巨人担当記者の私としては、2連敗から敵地に乗り込んだと言うこともあり、応援歌に乗った攻撃は脅威に感じた。

 広島が3年連続リーグ制覇した16年~18年。名物の「スクワット応援」が後押しした。特に本拠マツダスタジアムでは凄まじく、ビジターの選手から実際に「球場全体が揺れているような感覚だった」、「観客が迫ってくるような感じがした」という声を聞いた。

 コロナ禍でのプロ野球は悲喜こもごも。録音された応援歌を耳にし、心の中で応援歌を口ずさんだファンも多かったはず。日常があった昔も、日常が奪われた今も、球場でのプロ野球観戦は「非日常」的な感覚を味わえるから面白い。録音された応援歌を聴きながら、そんなことを考えた。(記者コラム・神田 佑)

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